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ニュージーランドの児童虐待 [ニュージーランド本当の姿]

*5週間に1人の割合で子供が殺害されている。

*殺害される子供の大半は5歳以下。年齢区分では1歳未満で殺害される子供が最も多い。

*2日に1人の割合で虐待または育児放棄を受けた子供が病院へ救急搬送されている。

*子供の4人に1人は福祉施設(児童相談所に相当)へ通報されている。

*子供の10人に1人は児童虐待または育児放棄を経験。

*子供の100人に3人は隔離シェルターへ避難。

*児童虐待相談件数は年間約16万件。このうち7万7千件は警察からの通報。

*年間約6,500件の暴行(重症案件)と2,000件の性的暴行が発生。

*女児の20%、男児の9%が痴漢・性的被害に遭遇。

*女児の3.2%、男児の0.8%は性的暴行を経験。

*約4,700人が親から隔離され児童施設で生活。

*児童虐待に費やされる公費は年間2,000億円。

*児童虐待や育児放棄を受けた子供の25%は非行・未成年での妊娠・精神病を経験。

*1クラス30人学級では3人の生徒が18歳までに児童虐待または育児放棄を経験。
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見ざる 聞かざる  [在留邦人批判]

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Youtubeで見られるような上手なケチャップライスが作れない。どうしてもケチャップがコゲてしまう。
新しいテフロン加工されたフライパンを使いやってみた。一発で作れた。コゲもない。
道具の進化は技術の進化を超えている。研究開発って大切よねって思う。

在留邦人は、テフロン加工されたフライパンは体に有毒なので使わないという。わざわざ重たくコゲつく鉄のフライパンを日本から持ってきて使うんだと。ご苦労なことです。
電子レンジもマイクロ波が出ているのでガンになるとか、白血病になるとか、ウンチコこねて使わない。料理店でテフロンフライパンや電子レンジを使わないところなんて一店もないのにね。
その一方でマイクロ波がバンバン出ている携帯電話でツイッターはやっている、子供にも使わせる。このブログを読む人の7割は携帯電話からのアクセスである。飛行機に乗ると放射線を浴びるのにそれは何も言わない。イミフ。

在留邦人は、バカの集団だから、自分が理解できない大部分はシカトして、理解できたごく少数を誇張し主張する。ニュージーランドの食べ物は自然のものだから安全とか、化学薬品を使用していないから安全とか、デタラメばかり主張する。ニュージーランドの科学者からすると『科学で立証されていない自然由来の食品のほうが成分がわからず危ない』と警告する。ここはシカト。バカな頭では理解できない。

ヤマザキパンが腐らないのは、化学薬品を大量に投入しているからと言う人がいる。日本にも多くいる。ヤマザキパンは徹底した衛生管理に努め、食材の投入から製造・梱包まで全自動化され、人が食材に触れることなく出荷している。そのため、ほぼ無菌状態で作られているのでカビが生えずに腐りにくい。一般家庭の台所で作ったパンではないのだ。

ニュージーランドのお台所ってすごく汚い。床を拭く雑巾でテーブルを拭く。私には理解できない行動でも現地の人はそれ以外をしらない。なぜ、床を拭く雑巾と、テーブルを拭くふきんを分ける必要があるのか。同じではないかと言う。違うと言っても理解できない。この部分、在留邦人はシカト。ニュージーランドの衛生環境を知るとお食事する気になれない。ニュージーランドで外食する際は食中毒になることが前提となる。実際に食中毒の発生は多く報告されている。

食品添加物。これも在留邦人が大好きな話題。
トマトジュース。そのまま飲むと食品、加工調理に使用すると食品添加物になる。では、トマトジュースをそのまま飲む人は食品添加物を直接飲むことになるのか。

化学調味料。この言葉は既に死語で使われていないのに現在も使う人がいる。化学調味料は青酸カリではない。食べて即死することはないのに、0.01mgでも入っていると、即死するようなことを言う人がいる。在留邦人の大部分は猛烈にバッシングする。
化学調味料=旨味調味料はサトウキビが原料で蒸留し濃縮した食品。在留邦人が大好きな自然からとれる食材なのに批判する。イミフ。蒸留し濃縮させた飲料の代表格が焼酎である。芋・米・麦・蕎麦を原料とする焼酎。焼酎を飲むとき「化学調味料を飲んでいる」「化学薬品の味がする」という人がいるだろうか。

日本で販売されているポテトチップスは化学調味料の宝庫で、食べると化学薬品の味がするという人がいる。在留邦人の大部分は日本のポテトチップスを批判する。

では、ニュージーランド産のポテトチップスは化学調味料を使っていないのか。
"Bluebird"という、ニュージーランドでは代表的なポテトチップスブランドの成分表(対象はSalt & Vinegar味)を見ると「マルトデキストリン」「酢酸ナトリウム」「クエン酸」という食品添加物が使用されている。「味の素」の主成分である「グルタミン酸ナトリウム」も使用されている。ニュージーランドのポテトチップスも化学薬品の味がするわけだ。しかし、「ニュージーランドのポテトチップスは化学薬品で作られている」と指摘する在留邦人はひとりもいない。ニュージーランドのポテトチップスは美味しいと、バクバク食べている在留邦人は多いのに。

在留邦人は幸せだと思う。
自分に不都合なことは「見ざる 聞かざる」で逃げる。真実を追わない。
自分に都合の良いことだけねつ造し、誇張して、人を騙す。私がNZにいたころから、邦人社会の質は何も変わっていない。それは、歓迎すべき状況にはなく、不幸である。
嘘情報を人に話すのも邦人社会の特徴なので「言わざる」が入らない。今日知った情報は今日誰かに言ってしまう。「やっぱ日本ってダメだよね~」「ニュージーランドが正しいよね~」「日本はニュージーランドに見習うべき」ってオナニーしてるだけ。悲しい邦人社会だね。

私がNZで幸せになれなかった理由は、この邦人社会と上手く付き合えなかったから。バカしかいない集団と付き合えない。「嫌いなら付き合うな」という在留邦人がいる。しかし、そうは問屋が卸さない。なぜなら、在留邦人は日本人を見つけると寄ってたかって来るから。
在留邦人は在留邦人以外に頼れる人がいない。日本の家族と不仲な人が多く、日本に頼れない。頼る人がいない。日本(の家族)に頼れないので邦人社会に頼ることになる。現地の人(パケハ)に知り合いはいても、細かな話になると説明できない。カルチャーが異なるので「あ、うん」の呼吸で話が進まない。労働組合の権力が強く、17時(実質16時30分)になったら帰っちゃう国民性なので、『続きは明日ね~』と言いつつ、明日になると昨日のことは忘れているから話も進まない。在留邦人は在留邦人から離れることは不可能である。

海外に住もうと考える人は、バカじゃないと生きていけない。バカなら生きていける。人を騙せる人間は生きていける。人を騙すことに罪悪感を感じる人間は生きていけない。
それが私がNZで成功しなかった一番の理由。
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移民廃絶と外交 [ニュージーランド本当の姿]

Kiwi desperate to return to teaching job in London after visa repeatedly denied

ロンドンの小学校に勤務するニュージーランド人教師が英国での就労許可を申請。申請は却下された。このままではロンドンに残れない、ニュージーランドに戻るしかない、他に20人が同じ状況にある、というお話。

このお話は、単なる「個人的な事情」ではなく「外交問題」なのである。外交問題なのでニュースとして報道されたのである。

世界はどんどん狭くなり、自由な人・物・カネ・情報の移動から制限された移動へ変わっている。
住まいのある地域を中心とする「地域主義」が台頭し「他者嫌い」に象徴されるネオ・ナショナリズムが誕生。個人間では肌の色を共通点にする「国籍主義」が権威となっている。日本人がニュージーランド国籍を得ても、誰もニュージーランド人と認めない。外国人を排除する向きは加速している。外国人として外国に住むことは難しくなっているのが現状であり、未来である。

ニュージーランド国籍を持つ人はOverseas Experience(OE)という、ワーキングホリデー制度で2年間の英国滞在が可能。この制度を利用し渡英する若者が多くいる。
しかし、2年後の滞在許可延長は非常に難しく、概ね2年で帰国する人が大半である。

OEで渡英するNZ人も、かつては男性はバーテンダー、女性は掃除婦かベビーシッターと無資格でも就ける下級職と相場が決まっていたが、現在では有資格者の教師・会計士・弁護士・獣医師も多い。有資格者はどの国でも手厚く迎え入れてもらえる。

このお話の主人公となった女性は有資格者で勤務先の小学校も滞在延長を支援する旨を申し出ているにも関わらず、英国移民局は申請却下した。教員不足に悩むロンドンでは有職者でスポンサー付き教員を歓迎する。いままですんなり通った申請も却下された。ここが外交問題なのである。

NZは英国の同盟国である。憲法を持たない英国同様、ニュージーランドにも憲法はない。憲法がないので、慣例に基づき、法的解釈が曖昧なところは話し合いで決めようとなった。これがNZ・英国外交である。

NZは英国の同盟国、すなわち、英国連邦の一か国なので、EUと同等の特権的地位が与えられていると考えている。日英関係とは違うんだ、NZ・英国関係はより強固なつながりがあるんだと自負していた。それが機能していない。

英国政府は、たとえNZであろうと、特権的地位は認めないと宣言し小さな世界へと歩みだしているのだ。

これは単なる査証の問題ではない。次は貿易、安全保障へ移る。ここでも足並みが乱れる。過去に経験したことがない外交問題へ突入する。

これまで査証問題はNZ政府が介入し、英国側に特別な配慮を求めれば解決した。NZも同等の措置を講じた。いままでは。しかし、これが機能しない。EU全般に見られる移民・難民廃絶の動きはEUを脱退した英国でも健在なのである。

2017年4月、オーストラリア連邦政府は外国人労働者の短期滞在査証として代表的な457ビザを廃止した。457ビザの廃止と同時に新規ビザが導入されたが、新規ビザの申請基準は非常に高く、457ビザのように簡単に取得できない。457ビザから永住資格、そして国籍への流れができていたが、この流れも崩壊した。

65万人のニュージーランド人が長期滞在しているオーストラリアでも、NZ人への公費負担を停止すると発表。NZ・豪の間で交わされた「トランス・タスマン協定」に反する行為であり、これについてNZ政府は撤回を求めているが豪州連邦政府は応じていない。豪州におけるNZ人は「特別な同胞」から、単なる外国人へ格下げになってしまったのだ。

NZ政府は、英国でも豪州でも、自分たちが今までやってきた外交努力がまったく機能せず焦っているのだ。それゆえに、このお話が新聞に掲載されることになった。このお話は単なる個人の問題ではない。NZの外交を根底から覆す問題なのである。

ではNZ政府はどのような反応で応じるのか。英国・豪州のように外国人移住者を追い返すのか。

ジャシンダ・アーデン首相は、外国人移民20,000 - 30,000人を削減すると発表している。同時に学生ビザの取得も厳格化すると発表。個人消費は抑制され売上も減少する。留学生ビジネスの縮小も当然のこと、倒産する学校も出てくる。留学生ビジネスだけで2万人が雇用されており、失業も発生する。
現地大学を出ても働く場所がなければ留学生はやってこない。留学生はキャリアステップを考えやってくる。費用に見合った対価を求める。勉強が終わったら終わり、さっさと帰れ、では困るのだ。

「何でもいい加減」「テキトー」「雑」なニュージーランドでも、移民抑制の流れにのってきた。実数については連立を組むNZファースト党が移民廃絶に積極的なため、目標に近い数字を達成すると思われる。小売業の反発は必至。移民流入で潤うのは小売業なのである。

NZの高度職業人は給与水準の良い北半球へ移動してしまうため労働力不足に陥っている。英国からの、豪州からのNZ人の締め出しが成功すれば、高度職業人は戻って来る。必然と、外国人の高度職業人は必要なくなる。これが移民政策。

NZでも「きつい・汚い・危険」な3K職場は労働力不足が指摘され、とりわけ炭鉱で働く炭鉱夫は不足している。肉体労働に従事する大工や作業員も人材不足である。しかし、単純労働者向けの査証を発給していないため、この労働者不足を移民が担えるわけではない。つまり、上級職も下級職も不足しているいびつな労働構造を持っていることになる。部分的には季節労働者で補うも、技術の伝承も行われず、労働の質を低下させる要因につながる。大競争時代に仕事の質が低ければ仕事はこない。ニュージーランドは自立できない国なので、外国から仕事をもらわないと食っていけない。国内需要だけでは食っていけない国なのである。

さらに追い打ちをかけるように最低賃金が上昇している。ニュージーランドは英語が通じる安い労働力の国ではない。この部分こそ、ニュージーランドが北半球の下請けとして稼げた理由であったのに。人を雇うことは割高と見られたら仕事は海外へ移転してしまう。「ニュージーランドの賃金は日本より上」と言っている在留邦人も2年後には失業している。ニュージーランドでは倒産が日常的だから、出社したら会社が倒産していたということが日常的に起きる。雇用が柔軟な理由は、個人の意見が自由に通る風通しのよい社会なのではなく、単に不安定な社会だからである。
経営側は労働者への高負担と、労働組合からの過剰な要求に耐えきれず、海外移転を進めることは必至。いまだけだよ。ニュージーランドが謳歌できるのは。

最も面倒臭いことは、国政を仕切る現首相のジャシンダ・アーデンが国民に選ばれた首相ではないことである。
ジャシンダ・アーデンは連立を組むNZファースト党のウィンストン・ピーターズが「交渉しやすい」「自分たちの思い通りに操れる」と選んだ相手である。本人も「えっ!あたしが首相やんの!!」って驚いたはず。総選挙の7週間前まで、国内では無名で誰も知らない人物が首相になってしまったのだ。多くの政治家がそうであるように、この人も運に恵まれているだけ。実力で何かを成し遂げたわけではない。
労働党の党内クーデターは成功し「女性」で「妊婦」の首相ゆえに人気は高く「地上の楽園ニュージーランド」を象徴するリーダーと絶賛する人が多い。ニュージーランドの悲劇はまだ続く。
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弱い人間の正体 [在留邦人批判]

TOKIOの山口達也が強制わいせつ容疑で書類送検されたので、山口達也から「山口也」容疑者になってしまい面白くなってきた。
滅多にスクープされないJニーズの不祥事。これを機に『大麻くんの大野吸引疑惑と3P疑惑』について捜査して欲しい。国民的アイドル『嵐』の大麻くんが大野を吸引し女2人と3Pって、スケベな私だってこんな妄想できない。事実は小説より奇なり。いまこそ動けよ、検察庁。

山口勃也容疑者は弱い人間である。自分に弱い人間は、他人にも弱い。弱いから弱い人間と一緒になる。「弱いままでいいじゃん、強くなる必要なんてない」と、声高々に主張する。それが正しい主張だと勘違いしている。
んん? これ、誰かと似ていないだろうか。

「戸塚ヨットスクール」のHPを見ると、登校拒否・無気力・非行・家庭内暴力に悩む親のため、スクールでの教育方針が説明されている。

ケース3:N君(小5)<不登校、無気力>
いじめが原因で不登校となり、一時アメリカに渡るが、そこでもいじめられる。平成11年3月、両親に付き添われて入校。親がお金持ちで、自慢話ばかりするため、スクールでも嫌われる。強いものにはこびを売り、弱い者いじめをする。嫌なことがあるとすぐ喘息になる癖があったが、訓練を続けるうちに出なくなった。1度脱走を試み、近所のおばあさんをだまして千円もらう。そのことを他の訓練生に自慢したため、脱走計画が発覚し、失敗した。平成11年8月まで訓練を続けたが、息子を溺愛する父親が引き取りに来てしまう。やっと人間性ができかかってきたところなのに、親のエゴで結局ダメにしてしまった。残念なケースである。

私のNZ時代を思い出すと、このタイプの日本人留学生がたくさんいた。現在も日本人留学生・在留邦人の質は変わっていないか、むしろ、悪化している現状を考えると、このタイプの日本人はたくさんいることが想像できる。

共通している部分は、親が裕福で我慢できない。もう少し粘って頑張れば突破できる問題も、親が出てきて救済してしまう。金曜日まで学校にいた日本人留学生が翌週の月曜日に突如いなくなるということが日常的に起きた。そういう留学生は実家が裕福なので何とでもなるのだろう。学歴ロンダも経歴詐称も何でもあり。それを助ける人もカネに群がり手伝う。人を助けるんじゃない。カネに群がるだけ。私はそのような移住・留学エージェントをたくさん見てきた。

このタイプの人間は非常に弱いので、常に人をバカにし見下す。嫌なことがあると病気になる。努力する人へ暴言を吐く。物を破壊し荒らす。常に逃げ出すことしか考えていない。親を信用していないのに金銭だけは頼り、親も溺愛しているのですぐに助けてしまう。
私もたくさんの在留邦人と日本人留学生を見てきたけれど、本当にこのタイプが多いというか、このタイプしかいない。戸塚ヨットスクールから逃げだす生徒と同じなのである。

日本人留学生の面倒を見ている留学エージェントはこのような事例を把握しているのに、その説明をすることはない。説明すれば誰も来なくなる。Education New Zealand(ENZ)も状況把握しているのに、不良留学生の状況を説明しない。留学生の中退率・留年率も数字で把握しているのに一切説明せず、情報開示もしない。そんな情報を開示すれば、誰もニュージーランドなんて僻地へ来なくなってしまう。綺麗なパンフレットだけ配り「ニュージーランドは原発のない地上の楽園です」と宣伝するだけ。

日本人を含む海外留学生の中退率・留年率は現地生より高く、教科担任は頭を抱えている。中退率と留年率は指導力不足と判断され、学内評価に影響する。簡単に言うなら教員の給与が上がらない。そのためトップ校ほど留学生の入学を制限している。
他方、現地生に人気のない中堅より下の底辺校は、金持ち留学生を喉から手が出るほど欲しがる。ニュージーランドから12,000キロも離れた日本へ営業活動に来る理由はカネが欲しいから。優秀な生徒の獲得が目的ではない。カネが払える留学生なら誰でも無条件で受け入れる。不登校だろうが中退者だろうが、ゲイだろうが、犯罪者だろうが、薬物中毒者だろうが関係ない。募集基準は『カネを持っていること』。それ以外にない。

意欲ある留学生が現地に着けば「不良生徒しかいない」と驚き、落胆してしまう。授業は妨害され、自分の私物は盗まれ壊され、暴言を吐き侮蔑され、教員は怒り狂い発狂し、授業は成り立たない。私が留学生だったときと同じ状況なのである。

5人の留学生の面倒を見ているエージェントは4人以上がこのタイプの生徒である。現地の雇われエージェントが「もう、留学生の面倒は嫌だ」と、嘆いていた。

留学エージェントは自分が面倒をみる生徒に自信があるなら、その生徒の進学先を公表すればいい。どこの学校だって生徒の進路先どころか成績まで公表している。留学エージェントで生徒の進路先を公表している会社はあるだろか。一社としてない。それは公表しないのではなく、公表できない裏事情があるからである。

留学エージェントが留学雑誌に載せる広告掲載料は、2ページ見開きで1,000万円かかる。これだけ莫大な広告費を使い「弱い人間」を集めているのである。広告費・事務所運営費・現地エージェントの給与を考えると「来るもの拒まず」で受け入れるしかない。これは、移住エージェントも同じである。たとえその人物が犯罪者であろうと、ヤクザであろうと、薬物中毒者でも無条件で受け入れる。お金を稼ぐため、広告費1,000万円を回収するために、手段は選んでいられない。札束を背負った日本人は上得意様なのだ。「お客様は神様」ではないかもしれないが、「お客様はお金持ち」「弱い人間はカネになる」は事実である。

留学エージェントへの年間委託費は、60~130万円が相場である。これはサービス内容により異なるが、大体この金額で間違っていない。このほかに学費、生活費、渡航費に保険料、小遣いなどが別途かかる。私費留学生はお金持ちしかいない。
どのエージェントも最初にエージェント料(委託費)を提示しないのは、クライエント(顧客)の袖を見ながら交渉するためである。エージェント料に上限も下限もなく、留学にも移住にも「明朗会計」は存在しない。イーストウィンドの田中は先方の袖を見ながら交渉するのが大好きでオナニーしてるじゃない。「こいつを騙し、カネは吸い取れるだけ取ってやる」って。だから2か月に1度、12,000キロも離れた大嫌いな日本へ行き営業している。嘘だと思うなら汚いかっこうをしてオークランドのカレー屋で「肉抜きカレー」を食べている田中を捕まえ聞いてみたらいい。黙って下を向きいなくなるから。中国人の妻をつれてきて「お母さん、この人がボクをイジめる」って言いつけるから。

現地の雇われエージェント(実際に留学生のお世話をする実行部隊)はいくらもらっているのかというと、1人あたり年間1,000ドル程度が相場である。留学生を1年間、24時間受付で応対する実行部隊は年間10万円ほどしかもらえない。1ヶ月あたりじゃないよ。1年間あたりだよ。この金額は私を担当していたエージェントから直接聞いた話なので信憑性が高い。

日本人留学生は不登校・中退者が大多数を占めるため、人間として生きる基礎ができていない。英語以前に日本語ができない。自分の名前を漢字で書けない生徒も多くいる。注意すると大嫌いな日本の親を利用してエージェントに苦情が入る。親は子を溺愛するので、子に上手く利用されていることも知らず子をかばう。注意すると自分がクビになりお金が入ってこなくなるからエージェントも注意をしない。日本人留学生はやりたい放題。不純異性交遊から窃盗、暴力、無免許運転、飲酒喫煙までオールランドに何でもやる。私が留学生だったころも、真面目な少数と不真面目な大多数が常に喧嘩をしていた。在留邦人の喧嘩相手は、現地の人ではなく、他の国から来た人でもなく、在留邦人なのである。
その一方で、頼ることができるのも、現地の人ではなく、他の国から来た人でもなく、在留邦人なのである。
この蜜月関係は現在に至るまで続くため「在留邦人」という、日本人でも、外国人でもない、不思議な人間および人間関係ができてしまう。在留邦人は在留邦人がいないと生きていけない。優先すべきは在留邦人であり、批判すべきも在留邦人である。

私も同輩の日本人留学生に苦労した経験を持つ。しっかり勉強をして学校へ通っているのに「おまえも不登校だったんだろ」「だからニュージーランドに来たんだろ」「真面目なヤツがニュージーランドに来るわけない」「いいよ言わなくて、暗い過去だろうから」と、自分のエージェントにも、学校へ出入りする他の日本人エージェントにも言われた。心の底から感じた屈辱だった。偏差値の低い底辺校中退の在留邦人に侮蔑された気持ちは25年経った今でも忘れない。永久に忘れない。

私の回りにはワーホリで来ている日本人は少なかったが、ワーホリ邦人も似たようなものだろう。隣の家に居候していた日本人女性(ワーホリ)は、英語もできないのに、辞書を持参せずやってきた。驚いた。どうやって生きていくつもりだったのだろう。現実には辞書を持参せずやってくる日本人は想像以上に多くいる。

隣の家の住人が意思疎通が図れず私に苦情を言いつけにきたので、自分の辞書を貸してあげたら、そのまま辞書を持ってどこかへ消えてしまった。私の辞書、2冊で5,000円もしたのに。1度も使っていない新品なのに。見たことも会ったこともない日本人に自分の辞書をあげるわけない。そんなこと常識でわかる。その常識がない、借りた物は返さない、なければ人の物を盗む、奪い取る。盗んで何が悪い、盗まれるお前が悪いんだ。平気で盗みをやる人たち。これが在留邦人の正体。
私が成人なら高校生の辞書をかってに持っていなくなることはできない。その前に知らない人から物を借りることが申し訳なくてできない。辞書を持っていないのは自分の責任だから人に迷惑はかけられない。それが常識。在留邦人にはこの常識がない。

海外在留邦人は「自分だけは助けてもらえる」「自分だけには助けてくれる人が現れる」「自分だけは幸運がやってくる」「自分だけはできる」と、根拠のない自信を持つ。これは現在に至るまで変わっていない。根拠のないところに、どんな自信があるのか。
見かねた周囲が「言葉の通じるおまえが助けてやれ」と私のところへやってきて、私だけが被害を受ける。このような被害は、日本へ帰国後、一度も経験することがない。だから私は反ニュージーランドの思想を持つようになった。ニュージーランドなんてこの世から消えればいいと思っている。私が原爆を使えたら、必ずニュージーランドに落とし地球上から抹殺する。ニュージーランド人が全員死んでも何とも思わない。永久に復活できない状態にしてやる。

山口勃也容疑者は厳しい再出発になる。46歳で離婚はしていても2児の父である。未成年に対する強制わいせつ、未成年へ飲酒を勧め、退院した直後の飲酒からアルコール依存症であることもわかる。
山口勃也は弱い人間である。海外在留邦人のように弱い。弱い人間は助けるべきなのか。私はむしろ、戸塚ヨットスクールへ入学し戸塚校長の強烈なスパルタ教育を受けたほうがいいと思う。同時に、在留邦人・日本人留学生も戸塚ヨットスクールでかぎりなく死に直面するスパルタ教育を受けるべきだと思う。戸塚ヨットスクールは、手のつけられなかった800人の生徒を預かり600人を更生させ、預けた親は涙を流し喜んでいる。もう少しで犯罪者になっていたであろう子女は真面目に更生し、学校へ戻り、職に就き立派に活動しているのだ。

私が常に批判するイーストウィンドの田中も、日刊ニュージーランドライフの長田雅史も、NZ移住留学デスクの寺西尚樹も、共通点は「弱い人間」である。海外在留邦人は弱い人間しかいない。その弱い人間同士が固まり「日本はおかしな国だ」「日本は人間が住む場所じゃない」「日本は消えてなくなればいい」と、反日思想を布教しているのが現状である。残念なことに、同じように反日思想を持つ顧客がアイツらの会社に頼り、反日在留邦人を量産している。中国人が日本を叩くと日本人は怒る。日本人が日本を叩いても怒らない。一緒になって叩いている。これ、おかしくねーか? 在留邦人は「おかしくない」「おまえの方がおかしい」という。これが反日思想なの。

移住・留学エージェントの口車にのせられる前に、もう一度、戸塚ヨットスクールの門を叩いてみることを勧めたい。戸塚ヨットスクールは入校金324万円、生活費(月額)12万円、諸経費20万円。見たことも会ったこともない移住・留学エージェントのいう通りにお金をホイホイ払うことを思えば、各段に安い授業料であり、将来性がある。「自ら考える」を実践するならニュージーランドへ来るより戸塚ヨットスクールへ入校したほうがいい。
母子留学・高校留学・ワーホリ・海外移住なんて将来性ない夢を持つ前に、現実を見るべきである。
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2018-04-05

https://twitter.com/kiaora_kiakaha

全く同じ名前(ローマ字表記)でNZの事をもの凄くこき下ろすブログ書いてる人がいるんですよねぇ。長文で皮肉だらけで理屈っぽくて。同一人物なのかなぁ?昔は在NZ邦人向けの掲示板の常連でした。


どうか、これは私のことではありませんように.....
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反日感情 [在留邦人批判]

海外在留邦人による「反日感情」。
そもそも、海外在留邦人による「反日感情」とは、何か。

私は海外在留邦人の「質」を悪く思っている。
一般常識がなく、予備知識がなく、語学力がなく、感謝も(人を)敬う気持ちもない。「ないない」だらけの低脳集団である。

他方、他人に頼る「乞食根性」は旺盛で「頼らなければ損」「取れるものは全部取る」「取れなければ盗む」と、犯罪まがいなことをする連中ばかり。「嘘つく」「ゴマかす」「逃げる」は日常的。その連中の反日感情とは、何か。

海外生活は天国ではない、でも地獄でもない。
日本が全て良いわけではない、でも全て悪いわけでもない。
この事実を「気持ちの問題」「相性」「フィーリング」と、端的に区別できない。
ブルース・リー(Bruce Lee)じゃないから「考えるな、感じろ」なんて言えない。ブルースだって映画を作るときは緻密に計算し考え抜いて、電卓を叩いてお金の計算をした。感じる前に考えているわけ。
学生・単身者・既婚者・子のいる既婚者・子のいない既婚者・高齢者・身体障がい者・知的障がい者、この全てを一義的に区別できないからである。

日本での生活が嫌で飛び出した人、海外生活が自分の性に合うと感じる人は、それをそのまま素直に受け入れば良いではないか。

自分にはここでの暮らしが性に合う、それで終わり。「良い」も「悪い」もない。

人と比べることはできない自分独自の世界。それ以上でもそれ以下でもない。

それため、人への助言もできない。人への助言は助言にならず。自分の人生は他人の人生ではない。

海外在留邦人の余計なお世話は「自分は海外生活で幸せです、だから、あなたにも幸せになってもらいたい」「日本を脱出した自分は勝ち組」「日本にいる人間はおかしい」「日本は人間が住む場所じゃない」と言うこと。これが一番余計なお世話だと気がつかない。

なぜ、気がつかないのか。それは「常識がない」「知識がない」「語学力がない」「気持ちがない」のに「人に頼る」「運に頼る」「他力本願」だけで生きる乞食根性で、ルンペンというかジプシーというかヒッピーというか、その説得力ない発言を批判しているわけです。その代表格が海外在留邦人なのである。

このブログでは、かつて私が住んでいたニュージーランドを扱っているので、ニュージーランドを例にとると、ニュージーランドは天国ではない。かと言って、地獄でもないと、名誉のために付け加えましょう。本音ではないが。

「ニュージーランドで同棲婚が合法化」されたことで、日本は時代遅れと、在留邦人による「反日感情」が起きる。

しかし、現地ニュージーランドの国民感情を知る私は別の意見を持つ。

ニュージーランドは田舎社会である。いまでも結婚相手は知り合いの知り合い、近所の同級生、学校の同級生と、自分と近い人と結婚する傾向が強い。近い人同士が結婚するので結婚前から親同士も知り合いということも多い。友達の友達、親戚の知り合いまで遡ると、その人に行き着いてしまう。これがツテとコネと地縁を生み、NZでは生きていく重要な要素になる。

海外移住者はこのコネ・ツテ・地縁がないため、スタート時点で遅れをとっているのである。
外国人であるが故の理不尽な事態に巻き込まれる理由はここにある。現地の知り合いが「ひとこと」言えば解決することも、外国人が加わると厄介になる。これは外国人として生きた経験のある人は、皆、経験している。外国人が海外移住地で成功できない理由はここにある。スタート地点が異なる場所にあるからゴール地点も異なる場所にある。

ニュージーランドでは、適齢期を過ぎても交際相手がいない、結婚していない人に対する冷ややかな目線が根強くある。年齢でいえば概ね18歳をすぎたころから始まる。むかしの慣例で言えば21歳で成人。21歳は大人として扱われる。30歳をすぎて交際相手も結婚相手もいないとなれば大問題である。「あの人は精神がおかしい」「生殖能力ない」「危険人物」と言われてしまう。人前で言わないだけで、皆、感じていること。これは、実際に私が現地で見聞きした事実である。

インターネットが普及する前から、欧米諸国には「ブラインドデート」と言って、有料通話で交際相手をさがす電話サービスがある。「お見合い」の電話版だと思えば間違いない。ニュージーランドにも広く普及するサービスである。いまではあまり利用する人がいないけれど、1990年代まで主流の交際相手検索ツールであった。声楽家のキリ・テ・カナワもブラインドデートで配偶者を見つけ結婚している。
なぜ、このようなサービスが普及したのか。それは「交際相手がいない=恥」という社会の根強い偏見がある。
特に高齢の独身者は奇特な目で見られる。これはいまでも同じ。事情はどうあれ「あの人はおかしい、だから、結婚できない」「近づくと危険」と判断される。結婚をしていないだけで犯罪者扱いを受けてしまう。小児性愛者が多く、世界有数の性犯罪国のニュージーランドでは当然のことである。

同性愛者が結婚できないとなれば、田舎社会のNZでは痛烈な批判を受ける。「同性愛者だから結婚はできない」「しかし社会は結婚をしろと言う」。これが長年の議論を生み、欧米社会では問題となり、クリントン政権下のアメリカ軍でも同性愛者の任官について大きな議論となった(Don’t ask, Don’t tell )。
クリントン政権も同性愛者の扱いに非常に苦労した。キリスト教保守派もアメリカ軍も同性愛者を厳しく扱った。
欧米社会では、交際相手がいない・結婚相手がいない=一人前の成人と認められない。欧米社会の流れを持つ南半球のド田舎のニュージーランドでも同じ事情がある。
交際相手や配偶者の有無は欧米諸国とアジア諸国では異なる見識を持つため、比較対象にならない。これは個人の問題ではなく、歴史の問題である。

ニュージーランドでの同性婚を認める決定は「好きな者同士が結婚する」というロマンスは含まれない。同性愛者の結婚を認めないと「いつまで経っても大人になれない」とみる行政手続きだけが強調される。「愛だ」「恋だ」なんて関係ない。「大人として自立できるか否か」、議論の対象となったのはこの部分だけ。そして大人になったら納税をして社会の務めを果たせ、という根拠につながる。愛だ、恋だ、ロマンスだなんて文言は一文字も入っていない。

ニュージーランド人の国民性を知る私にとって同性婚は大きな問題ではない。行政上の手続きを改定しただけ。

ニュージーランド社会に大きな影響力を持つキリスト教保守派と教会は同性愛者による結婚を認めていない。ここが認めないとニュージーランド社会は何も変わらない。法律を改定しても意味がない。政治のチカラでキリスト教保守派と教会をねじ伏せたら「してやったり」だけれど、政治もここまではできなかった。どの政権もできない。誰もできない。政治家が同性婚に関する雄弁な演説を行っても同性愛者を取り巻く環境は何も変わらないのである。

在留邦人は「ニュージーランドで同性婚の話になっても、『だから何だ』っていうだけ」「こんなに自由な国はない」「日本社会は送れている」と言う。それは事実。ニュージーランド人は同性婚に関心がない。選挙の争点にもならない。それは単なる無知だから。

ニュージーランドの教育格差は激しく、公立校のレベルは低い。高卒まで遊んで暮らすことが許される。当然、中退率が高い。中退率の高い生徒の離職率も高い。

ニュージーランド社会を牛耳る社会的上位層は、私立のキリスト教学校出身者。この人たちは家庭教師をつけ猛勉強するので、医師、教師、弁護士、会計士、聖職者になる。どの職種も手堅く、食うに困らない。ニュージーランドの「お偉いさん」とは、公職につく人であり、公務員なのである。民間人に「お偉いさん」は存在しない。
キリスト教保守派とはこの「お偉いさん」で構成されているのである。このガチガチの右派グループが同性婚に「YES」というわけない。「YES」と言わないから教会は同性愛者同士の結婚を認めていない。キリスト教保守派は国政選挙に候補者を送り込み、投票数を握る。ではなぜ、キリスト教保守派は同性婚を認める法案を通過させたのか。こんな法案を通しても、ニュージーランド社会に何の影響力もないことを知っているからである。行政上の手続きを簡素化し、何が変わるんだっていうだけ。あー好きにやればいいさ、旅券の申請を紙でやるかネットでやるか、同じことじゃないか、っていう程度のこと。事実、その通りの扱いにしかなっていない。
ニュージーランド人は、同性愛者が結婚しようがどうしようが、関心がない。しかしニュージーランド社会を牛耳る保守派は同性婚なんて絶対に認めない。どんなことがあっても認めない。
ニュージーランドの教会の影響力は凄まじく、お金も人も情報も、何でも集めてくる、それが教会の役割。その教会は同性愛者の結婚どころか、同性愛者の存在すら認めていないのである。

これも少しの知識と、語学力があれば、誰でも理解できる内容である。ニュージーランド国内では同性愛者が結婚をしてもしなくても、誰も何とも思わない。そもそも、この法案の中身を知る人はいない。誰も同性愛者に関心がない。どうでもいい。クリケットの試合でパキスタンに勝ったのか負けたのか、そちらの方が重要な問題である。

同性婚を認めない日本は、時代遅れなのだろうか。

「パートナーシップ」と呼ばれる内縁(同棲)関係もニュージーランドではよく思われない。特に高齢者は拒絶反応を示す。内縁関係が成立するのなら、初めから婚姻制度は必要ない。現実に婚姻制度は存在している。
若年層は「パートナーシップ」制度を受け入れるのか。子供が生まれるとパートナーシップを解消し結婚する人がほとんど。「パートナーシップ」が制度上認められるのなら、解消する理由もない。人間は保身的だから、子供が生まれた後も内縁関係だとシックリこない。そこで初めて結婚する。それなら初めから結婚すればいいんじゃね?ってなる。この「パートナーシップ制度」も行政上の手続き理由で作られただけの仕組みであり、一般市民にとって不都合でもないけれど便利な制度ではないのである。子供が生まれても、なお、パートナーシップでいることは、社会風俗上、便利とは言えないのである。

在留邦人は、なぜ、素直ではないのか。
在留邦人は私がNZに居たころから素直ではない、反発してばかりの態度は何も変わっていない。
「日本が嫌い」「日本のやり方が気に入らない」「日本のしがらみが嫌い」と悪口だけしか言わない。それを現地の人に説明しない。語学力がないので説明できない。ニュージーランドにいる本当の理由を現地の人は知らない。知っているのは邦人社会だけ。

それでは海外で成功しているのかと言えば失敗ばかりしている。素直ではないのでそれで良いと思い自慢している。だから誰も意見を聞かない。聞かされるのは言葉の通じる邦人だけ。

素直に人の意見を聞く。それを取り入れる。熟練し自分の意見を持つことは重要でも、最初から反発する人は何をやっても成功しない。そこには他人を説得するチカラがない。だからいつまで経っても底辺から抜け出せない。プライドだけが高く、実力がない。人に頼り生きる乞食人生だから説得力もない。それが勝ち組だと豪語する。それが自立していると勘違いしている。

平均的な知能ある人からすると「コイツらとは付き合えない」となるから同じような人間としか付き合わず極めて閉鎖的な社会だけが構築される。現地の人はこんな閉鎖的な邦人社会があることを知らない。
これが在留邦人を取り巻く「反日感情」の根源である。
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ニュージーランドの精神異常者

このブログは2018年になってからも毎日700人くらいが見に来ている。ほとんど更新していないのに、何か面白い項目を見つけたのでしょうか。

今年になり最も読まれている項目は「東大附属『銀杏祭』へ行ってみた」。断トツ。
国立校はホスピタリティ精神がないので、学校情報がほとんどない。受験生は兄弟・姉妹が通う国立校でないと情報がない。何でもいいから情報を探すうちにこのブログへたどり着くのでしょうか(謎

東大附属は国立校の中でも変わった学校なので、万人にオススメできる学校かというと、オススメできません。
偏差値の高い生徒は東大附属をねらうより、高等専門学校(高専)をねらったほうがよいでしょう。進学率100%、就職率100%の最強校が高専です。高専は「勝つ学校」ではなく「負けない学校」なのである。

高校生活を楽しみたい人は私立校一択です。私が高校生に戻れるのなら「青山学院高等部」へ通いキラキラした青春を送ります。高校も大学も何歳になっても通える。しかし、17歳の感性には戻れない。それなら、17歳は青山学院高等部で過ごしたい。
青山学院は大学から入学すると悲惨なので止めましょう。在学中も卒業後も貧富の差に悩みます。ロンブー淳の青学受験はおすすめできない。彼が青学に(運良く)入学できても、貧富の差に悩みます。お金があるかないかの違いじゃない。血統の違い。淳が青学生になれても本物の「青学生」にはなれない。
青山学院は初等部から通うから意味があるわけで途中から入学、それも大学から入学しても価値がありません。私立の付属校とはそういうものです。それが私学のカルチャーであり、精神であり、哲学です。私学には建学の精神がある。
青学への入学なら遅くても中等部からの入学が必要です。そうなると必然的にお金持ちしか入学できません。青学はお金持ちだけ入ったらいい学校なんです。そういう学校なの!それでいいの! 
「平等」と「公平」は異なる言葉で異なる意味を持つ。民主主義は残酷なの!

ニュージーランドに関する項目もポツポツ読まれているけれど、何か面白いことが書いてあるのでしょうか(謎
私がニュージーランドを離れ20年が経つわけですが、それでも当時の思い出を現在居住する人が見てわかるとなれば、それは大問題です。なぜなら、20年間、何も変化していない国ということが立証されるからです。東京で20年前のことを話されても通じない。「それって20年前じゃん、意味わかんない」ってなります。20年前のNZの話がいまでも通じる。ここにこそ、危機感を感じなくてはいけません。

私が「ニュージーランド」という言葉を聞くとマイナス100から始まる。聞きたくない、NZ時代のことを聞かれたくないから始まる。完全にトラウマ。あの国での悪夢の日々が蘇る。自分の履歴書からニュージーランドの部分を削除したのはそのため。ニュージーランドの良い部分を知りプラス90になっても、まだマイナス10であり、最後はマイナス10で終わる。「あー、やっぱり聞かなきゃよかった.....」ってなる。これが「ニュージーランド大嫌い」の理由。
他方、「ニュージーランド大好き」な人はプラス100から始まる。メラゾーマを唱えマイナス90のダメージを受けてもまだプラス10。「やっぱりニュージーランドが好きだ!」となる。

日本人は「横並びな性格」「ところてん教育を受けた金太郎飴」と、反日左翼ゲリラの寺西尚樹(NZ移住留学デスク)とイーストウインドの田中は騒いでいますが「横並び」で「金太郎飴」なら、マイナス100とプラス100に分かれることはない。日本人ほど柔軟性があり、他国の文化を受け入れる国民はいない。他の国の人を見てください。皆、硬直的で保身的だから。ニュージーランドなんて保守の中の保守じゃないか。自分たちの知らないことは絶対にやらない、知らない人とは挨拶をしないどころか目も合わせない、親が食べないものは子も食べないから食文化は貧しく、20年前のことが現状も通じてしまう。日本での忙しい生活にくたびれた人はニュージーランドの時間の止まった生活を「地上の楽園」と表現するが、それは何も動きのない超ド田舎な鎖国生活なのである。それを盲目的に美化する必要はない。ニュージーランドを良く見る向きがあるなら、それは非常に偏った偏見ある見た方であり、「差別」であることを忘れてはいけない。差別を非難する人ほど差別批判を繰り返す。

2018年2月19日、ニュージーランド統計局(StatsNZ)が公表したニュージーランドの出生率は1.81で過去最低を記録。
常々、私が「ニュージーランドでは人口は増えていない」「増えているのは大人の移民だけ」「大人の移民はNZ社会に歓迎されていない」という内容が数字で立証される結果となった。「数字は正義である 。数字の中に真実が、真実の中に数字がある」。

出生率1.81という数字は統計を取り始めた1921年以降、最低である。ニュージーランドでは人口は増えていないのである。増えているのは数字による操作である。ニュージーランドの少子化は私がNZにいた20年前にはすでに言われていた事実である。身近なところでは、ニュージーランドのラグビー人口は減少している。もはやニュージーランドはラグビー大国ではない。競技人口は年々減少している。これは少子化に伴い、体と体がぶつかりあう「コンタクトプレー」を避ける親が増えているからである。ラグビーは怪我の多い競技であり、子が1人しかいない家庭はラグビーをさせない。私がNZにいたころ、サッカーをする生徒はヨーロッパからやってきた子女しかいなかった。親子がNZ生まれの人がサッカーをすることは稀であったが現状はどうだろう。ニュージーランドのサッカー人口は増加傾向にある。コンタクトプレーを避ける親が子にサッカーをさせているのが理由。同じ理由からバスケットボールをさせる家庭も増加している。裕福な家庭の子女なら水泳とクラシックバレエ。ニュージーランドはラグビー大国ではないのだ。

在留邦人が声高々に主張する「ニュージーランドの医療はタダ!」「ニュージーランドの教育はタダ!」も嘘のデタラメであることがバレた。そしてそのタダの医療と教育を用いても子供の数は増えるどころか減っていることを数字が示している。つまり、国策も失敗であることが裏づけられた。お金があるから子供が増えるわけじゃない。お金があっても子供は減っている。それも継続し減少しているのだ。

しかしイーストウインドの田中は「NZの出生率は2.04」と、訳の分からん数字を出してくる。ニュージーランドの出生率2.04って1993年の出生率。いまって、1993年でしたっけ? 中西尚樹に至っては出生率2.2というデタラメ数字を出している。出生率2.2って1977年(昭和52年)の数字だよ!(正確には2.21)。41年前の数字が現在の数字になるなら、私の20年前のお話なんて最新情報ですよね!私も失業したらNZに戻って情弱邦人を探し出し、41年前の数字から妄想話を作り出し、カネ巻き上げよう。取れる財産は全部吸い上げ取れなくなったら「これがニュージーランドのやり方だから」って捨て台詞吐いて逃げるの。イーストウインドの田中と寺西尚樹がやっていることを私ができないはずない。ニュージーランド人が聞いたらびっくりな「ニュージーランドないない話」です。

ニュージーランドの少子高齢化に伴い、15年先には年金がもらえなくなる。特に、外国人永住者は年金がもらえなくなる。これは断言できる。ニュージーランドの財政は外国人に年金を出せるほど豊ではない。外国人永住者にその備えはできているだろうか。
既にオーストラリアは外国人永住者に対する公費助成を打ち切っている。次に年金を打ち切ることは目に見えてわかる。何でも「オーストラリアに倣え」のニュージーランドも追随することは明確にわかる。
20年前、シドニーの空港でエロ本を探していたとき、「25歳を過ぎたら老後を考えよう」という本が売られていた。オーストラリアも財政は潤沢ではない。死ぬ日まで働ければよいが多くはそこまで働けない。「稼ぐ以上に使う国民性」は家計部門の借金を増やす。家計部門が借金だと消費は拡大せず、企業部門も政府部門も赤字となり、税収不足から国は疲弊する。これは歴史が証明している。現役世代が老後の生活設計を怠ると食えないよ、その開始年齢が25歳だよという本である。
20年前からオーストラリアには国家の危機感があった。民主主義は残酷なので「強い者の味方」がいても「弱い者の味方」はいない。ニュージーランドで老後に対する危機感はあるだろうか。

永住者って単なる長期滞在者なだけ。1年ごとの滞在許可の更新が不要なだけで、滞在許可を得て滞在していることに変わりない。「ニュージーランドの永住権を得ればNZ国民と同等の扱い」と自分では思っていても、イミグレはそこまで優しくない。過去にさかのぼり、現状説明できない部分を指摘し、立証できないなら滞在許可をはく奪すると言われる。これは実際にイミグレがやっていることである。
私の学校の先生に永住資格を持つ人がいた。この人は自力で永住資格を取得していない。配偶者扱いで永住資格を取得した。ニュージーランドの移民政策は配偶枠での永住資格取得は想定していない。配偶者はニュージーランドで戦力にならない。イミグレはここに文句をつけた。ある日、授業へ行っても先生がこない。最後まで教室にこなかった。先生はイミグレから「いますぐに来い」と呼び出しを受け、滞在許可に怯える先生は授業をバックれ、イミグレに直行し面談を受けていた。生徒は自習をして事務へチクることなく穏便に過ごした。だから先生がバックれたことを学校は知らない。良い生徒たち。あー、そうか、『幸運な出会いを待つ』ってこのことか。そのために学校は優秀な生徒を入れる。先生のクビにさせないために。これを「ニュージーランドらしい」と評価するのでしょうか。プラス100からスタートする人はそう判断するのでしょう。マイナス100からスタートする私は「職場放棄」としか判断できない。ポンコツしかいない公立校なら大騒ぎになっていた。生徒は逃げ出し運動場でクリケットを始めるからね。それを見つかり体育教師に怒られる。怒られる理由は授業時間に遊んでいるからではなく、無断でクリケットの道具を使用したから。これは「ニュージーランドあるある」です。ニュージーランドの学校へ通った人ならこの意味がすぐにわかるはず。学校へ通った経験のない9割の在留邦人には意味が通じない。これが「現実」と「妄想」の違い。言葉は文法が正しければ通じるわけじゃない。

永住資格は単なる滞在許可である。「ニュージーランド国民と同等の扱い」なんか受けない。重度の身体障害者になれば「日本政府に面倒みてもらえ」と言われるだけ。ニュージーランドの永住資格を持っていてもニュージーランドは助けてくれない。なぜなら、日本人はニュージーランド国民ではないから。
イミグレが気に入らなければ取得後もいつでもはく奪できる。そのことを知っているから汚い過去を持つイーストウインドの田中は日本国籍を捨てニュージーランド国籍を取得した。アイツの精神障害だと日本でまともな人間として扱ってくれない。生活保護はもらえない、精神病院にも入れない。「僕は自閉症」「悪いのは日本政府」と、被害妄想で騒ぐだけ。日本に捨てられる前にNZに頼ったわけ。中国人妻経由でね。自立できない田中が頼れるのは中国人妻だけ。文句は人一倍いうのに(それも日本語)、頼れるのは中国人妻だけ。「お母さん、お母さん」って、中国人妻の後ろをついて歩くだけの包茎野郎。
中国人妻は言いました。「私、あんたのお母さんじゃないから」。逆恨みと被害妄想で精神が崩壊するとお母さんじゃない人にも「お母さん」しか言えなくなっちゃう。分裂病と精神障害、痴呆症が混ざった状態である。母を頼る息子を「マザコン」と差別するのに、妻に頼る夫は差別を受けない。これこそ、差別ではないだろうか。社会の底辺を生きる田中は自分が差別されていることを知っているので、差別を上手く利用している。どこまで包茎野郎なんだって思います。でもね、貧しい出身の人は包茎じゃないと生きていけない。NZにいる在留邦人って、みんな、貧しい。悲しいくらい貧しい人しかいない。永住資格を得た人は何かしらの生活手当をNZ政府から受給している。自活できる人は1割もいない。手当が打ち切られたらその日から生きていけない人しかいない。在留邦人が集まると、誰が何の手当をもらい、それはいくらもらえるのか、って話しかしていない。お金の話ってもの凄い結束力を生む。だから、邦人社会を嫌う一方で頼る人が多い。邦人社会に頼らないと生きていけないから。それって、NZに住む意味あるの?って思っちゃう。

NZからすると「また精神病者が増えた」と思っているけれど日本からすると「精神病者がいなくなってよかった♪」って思っている。これもマイナス100かプラス100か、「横並び」でも「ところてん」でもない柔軟性ある対応を立証している。
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不合格体験のすゝめ [在留邦人批判]

久しぶりにこのブログを読み返すと、けっこう面白いことが書いてある。自画自賛。
ニュージーランドの学校へ入学するとき、英語学校の先生が「あなたの書く文章は面白い」と誉めてくれた。同じ先生が推薦文を書いてくれたので、同じような内容が書かれていたと思われる(推薦文の中身は読めません)。
同じ学校を受験した日本人の男子留学生は「基礎学力も英語力も低い」と不合格になった。同じ学校を2回受験して2回とも落ちた。留学失敗組はたくさんいる。私がニュージーランドの学校へ入学できたのは、あの先生のおかげなのかもしれない。一枚の推薦状は黒を白へ変えてしまうチカラを持つ。信用がもの言う世界。

日本から持参した推薦状を、留学エージェントは勝手に書き換え、まったく新しい推薦状にしてしまう。推薦状の意味なし。「どーせ書き換えてもわからねーし」って言いながら。公文書偽造。当たり前のようにどのエージェントもやっている。そこに罪の意識はない。罪の意識があるとカネは稼げない。
まともな学校は信頼できる人以外の推薦状は受け取らない。誰が書いた推薦状でもいいわけじゃない。社会には序列がある。ニュージーランドはコネ・ツテ・地縁を重視する。見たことも会ったこともない日本人が書いた推薦状なんて読まない。日本が自由な社会でなければ、ニュージーランドも自由な社会ではない。

私立中学校の受験は終わり、桜が咲いた受験生と散った受験生に分かれた。
受験情報サイトの書き込みに「合格体験記は見るが、不合格体験記は見ない」とあった。合格にセオリーがあるなら、不合格にもセオリーがある。受験生が重視すべきは「合格体験記」ではなく「不合格体験記」なのである。
受験は試験日も募集人数も出題範囲も決まっている。あとは不合格にならなければ自動的に合格になる。あえて合格を勝ち取る必要はないから補欠合格まである。試験日から逆算をして「不合格体験記」に綴られていることをしなければいいだけ。受験は明確で公平な交通規則のような仕組みになっている。
受験制度を批判する人こそ、受験制度を活用して欲しい。受験に合格しない人が受験以外で成功することは皆無である。

「留学失敗体験記」はあるだろうか。私が知るかぎり、このブログしか見かけない。
「留学成功体験記」はお金が落ちる移住・留学エージェントが莫大な数を載せています。次に莫大なお金を落としてくれる人を探さなくちゃいけない重要ツールだからね。掲載内容も本当にこの世に存在する人の実体験記なのか不明ですが。

私の個人的感覚では、留学生の9割は現地校の入学水準に達していない。
10人が受験しても9人は不合格。このくらいが適正レベルだと思われる。
しかし高額な学費を支払う留学生を学校が逃すはずはなく、特に中堅の公立校は喉から手が出るほど留学生を欲しがる。私が通った私立校は現地でもトップ校だったので受験も厳しく現地生でもバンバン不合格になる。私立校は校風に合わない生徒は受け入れないので容赦なく落とす。それが許されるのが国から補助金を(ほとんど)受け取らない私立校の精神であり哲学。入学後も学力が低いと「おまえはバカなんだからもっとレベルの低い学校へ行け」と退学を命じられ、実際に退学になる生徒は1割くらいいた。運良く合格した日本人留学生も、いつの間にか消えていなくなる。情のカケラなんて微塵もない。私立校は信用で成り立つ。バカな在校生、おかしな卒業生を出せば次の年から入学生が減る。信用がもの言う世界。そのことを教えてくれる人がいるだろうか。

私はニュージーランドをよく思っていない。それは「自分が経験したことが基準」となり判断しているからである。
どこかの在留邦人のように、自分は何も経験していないのに、人の体験談を聞いて自己経験に置き換え、妄想で綴っていない。
移住・留学エージェントで現地校へ通い、現地の理不尽な仕組みに悩み、いい加減な人間たちに右に左に振り回され、苦い経験を持つ人はどれだけいるだろう。多く見積もっても1割である。

在留邦人の9割は妄想でニュージーランドを美化しているだけである。
在留邦人が妄想で思い描くニュージーランドは、ニュージーランドに存在しない。異常人格者が異常人格の中で描いた虚構の世界である。

日本からニュージーランドへやって来ると、隣の芝生は青く、何でもよく見える。
語学力が低く、現地の慣習も考え方もわからないため、陰口を叩かれても理解できない。いつもニコニコしている知的障害者のように振る舞う。知的障害者は自分の言うことも相手の言うことも理解できない。理解できないからいつもニコニコしている。ニュージーランド人は頭がよくないけれど、自分の言うことが相手に伝わったか否かは理解できる。自分の言うことが伝わっていないのにニコニコしていれば「コイツは頭がイカれてる」と判断する。在留邦人は語学力がないのでいつもニコニコしているバカ集団である。現地の人にバカにされても理解できない。理解できないから悪い部分が見えず、何でもよく見えてしまう。ここまでくると頭がおかしいを超え、精神が崩壊している。

“ニュージーランドLOVE”の人からすると、私の書き込む内容は批判を超えた拒絶でしかない。
私からすると、一体、ニュージーランドの何を絶賛できるのか理解できない。現地の人が嫌うこと、否定すること、悪口を言うことが理解できると「隣の芝生は青くない」とわかる。最初の2か月ならまだしも、何年いても変わらず、語学力も伸びない人からすると、精神が崩壊しニコニコしているだけの得体の知れないものになっていることに気がつかない。

お金をもらわずニュージーランドを絶賛する人は存在するのだろうか。私は見たことがない。ニュージーランド人もそのような人を見たことがないはず。ニュージーランドを絶賛する人は、現地のニュージーランド人に聞いてみたらいい。皆、「ニュージーランドは良い国じゃない」「日本の方がいいよ」って言うから。
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2018-02-15 [ニュージーランド本当の姿]

2018/2/1414:42:29
今ニュージーランドに留学して約1ヶ月になります。

1年間滞在する予定で、2週間くらい前に学校が始まったんですが、友達作るのが難し過ぎて学校を楽しいと思いません。喋りかけてもそこから会話を続けさせる事が難しく、速過ぎて何言ってるか分からない事もよくあります。授業が選択制なんですが、そこに日本人が居ていつも一緒に居たら駄目だと分かっていても他に喋る相手がお互いに居ないので一緒に居てしまいます。
自分はホストファミリーとすごく相性が有ったのでホームシックなどにはかかってませんが、親に高いお金を払ってもらって留学しているのに、このまま友達が出来ず日本人と一緒に居たら語学が上達しないと思うので焦っています。
変わらなきゃ駄目だと思って現地の人に喋りかけたりしましたが、毎日喋れるような友達は作れていません。その前に毎日会話を続けられるような英語力がありません。残り10ヶ月ほどありますが、このままでは友達が出来る気がしません。留学などを経験した方はどのように現地の人と親しくなりましたか?
みなさんのアドバイスお願いします。
ちなみにホストファミリーとは、よくスポーツをして遊んだり、どこかに連れてってもらったりしてよく喋れてます。


2018/2/716:21:04
ニュージーランドの高校に留学しているものです。

今週からクラスに入って、本格的に授業も始まりました。
私の通っている学校は小学校から合体の学校なので、現地の子達はもうグループが出来ています。
そこに混ざりたいのですが、かなりうーん?みたいな顔をされます。
それでも話しかけ続ければいいでしょうか??
長期滞在なのでこのままではダメだと思っています。
日本語の授業を取っている子達は話しかけてくれるのですが、やはり他の子達はアジア系にはちょっと近寄り難いみたいです。フレンドリーだと思っていた私が甘かったです、、、
他の国から来ている留学生の友達は出来たんですが、未だに現地の友達が出来ず悩んでいます。日本人はシャイだからね、と必ず言われるのもとても悔しいです。
厳しく言ってもらって構いません。
アドバイスでもなんでもお願いします!!!


2017/2/2717:57:08
留学先で友達を作る意味

ニュージーランドに高校の志願制プログラムで留学中の高一女子です。(語学学校1ヶ月現地の高校2ヶ月で、今は高校に通っています。)

私の通っている公立の現地の高校は沢山の留学生(日本人留学生のほとんどは日本の高校を退学になったようなヤンキーが多い)を受け入れていて、みんな国別で固まり現地の生徒と留学生は凄く分かれています。
できたら現地の友達を作りたいなと思っていましたが全然作れていません。

私の日本の高校が頼んでいる旅行会社の留学担当のエージェントの方と話していると、今まで見てきた留学生は友達できないと、泣いて苦労して友達を作っていたと言っていました。

私も現地の子に話し掛けはしますが、話も続かなくてその場だけで友達になんてなれないし、留学で友達を作って話すのが一番良い方法だとも聞きますが、本当にそれで上手くなるのかなと思い始めています。

留学する意味も分からなくなってしまいました。
留学で友達を作って話すのが、何故良い勉強法なんでしょうか?

助けて下さい。



あれあれあれ? ニュージーランド人はノリが良くフレンドリーな性格なのでは!?
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2018-02-03

@TKB_BUZZ

Nz悪口ブログ久しぶりに読んだらまた悪口全開になってて本当に面白い。ガチで暮らした人は絶対ここに行き着く。NZ嫌い。私は好きでもなんでもないからますます嫌いだしNZを素敵だのなんだの言って留学移住させるエージェントも好かん。だってガチで住んだらやばい国特に高校留学はまずい。

3教科選択でそのうち2つが写真とデザインっていうのを先生が誰も止めない。その子は元引きこもり。あんたそりゃー学校は金づるになるから学生取ってるだけ。本当に将来心配するならまず5教科選択絶対させるやろ、、どうでもいいから好きにさせる。どうせ国に帰る人だから興味など無い。

しかもNZ訛り英語は他の国から馬鹿にされる。だから私は訛らないように英英語を練習するようにしてる。そういや職場に南島の田舎者が三人もいてあまり良い英語を話さない。隣のババアの訛り移らないように気をつけてる。なのでNZに留学するメリットはあまりない。大学もそんなに良く無いと思う。
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