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2018-04-05

@megumithepukeko

全く同じ名前(ローマ字表記)でNZの事をもの凄くこき下ろすブログ書いてる人がいるんですよねぇ。長文で皮肉だらけで理屈っぽくて。同一人物なのかなぁ?昔は在NZ邦人向けの掲示板の常連でした。


どうか、これは私のことではありませんように.....
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反日感情 [在留邦人批判]

海外在留邦人による「反日感情」。
そもそも、海外在留邦人による「反日感情」とは、何か。

私は海外在留邦人の「質」を悪く思っている。
一般常識がなく、予備知識がなく、語学力がなく、感謝も(人を)敬う気持ちもない。「ないない」だらけの低脳集団である。

他方、他人に頼る「乞食根性」は旺盛で「頼らなければ損」「取れるものは全部取る」「取れなければ盗む」と、犯罪まがいなことをする連中ばかり。「嘘つく」「ゴマかす」「逃げる」は日常的。その連中の反日感情とは、何か。

海外生活は天国ではない、でも地獄でもない。
日本が全て良いわけではない、でも全て悪いわけでもない。
この事実を「気持ちの問題」「相性」「フィーリング」と、端的に区別できない。
ブルース・リー(Bruce Lee)じゃないから「考えるな、感じろ」なんて言えない。ブルースだって映画を作るときは緻密に計算し考え抜いて、電卓を叩いてお金の計算をした。感じる前に考えているわけ。
学生・単身者・既婚者・子のいる既婚者・子のいない既婚者・高齢者・身体障がい者・知的障がい者、この全てを一義的に区別できないからである。

日本での生活が嫌で飛び出した人、海外生活が自分の性に合うと感じる人は、それをそのまま素直に受け入れば良いではないか。

自分にはここでの暮らしが性に合う、それで終わり。「良い」も「悪い」もない。

人と比べることはできない自分独自の世界。それ以上でもそれ以下でもない。

それため、人への助言もできない。人への助言は助言にならず。自分の人生は他人の人生ではない。

海外在留邦人の余計なお世話は「自分は海外生活で幸せです、だから、あなたにも幸せになってもらいたい」「日本を脱出した自分は勝ち組」「日本にいる人間はおかしい」「日本は人間が住む場所じゃない」と言うこと。これが一番余計なお世話だと気がつかない。

なぜ、気がつかないのか。それは「常識がない」「知識がない」「語学力がない」「気持ちがない」のに「人に頼る」「運に頼る」「他力本願」だけで生きる乞食根性で、ルンペンというかジプシーというかヒッピーというか、その説得力ない発言を批判しているわけです。その代表格が海外在留邦人なのである。

このブログでは、かつて私が住んでいたニュージーランドを扱っているので、ニュージーランドを例にとると、ニュージーランドは天国ではない。かと言って、地獄でもないと、名誉のために付け加えましょう。本音ではないが。

「ニュージーランドで同棲婚が合法化」されたことで、日本は時代遅れと、在留邦人による「反日感情」が起きる。

しかし、現地ニュージーランドの国民感情を知る私は別の意見を持つ。

ニュージーランドは田舎社会である。いまでも結婚相手は知り合いの知り合い、近所の同級生、学校の同級生と、自分と近い人と結婚する傾向が強い。近い人同士が結婚するので結婚前から親同士も知り合いということも多い。友達の友達、親戚の知り合いまで遡ると、その人に行き着いてしまう。これがツテとコネと地縁を生み、NZでは生きていく重要な要素になる。

海外移住者はこのコネ・ツテ・地縁がないため、スタート時点で遅れをとっているのである。
外国人であるが故の理不尽な事態に巻き込まれる理由はここにある。現地の知り合いが「ひとこと」言えば解決することも、外国人が加わると厄介になる。これは外国人として生きた経験のある人は、皆、経験している。外国人が海外移住地で成功できない理由はここにある。スタート地点が異なる場所にあるからゴール地点も異なる場所にある。

ニュージーランドでは、適齢期を過ぎても交際相手がいない、結婚していない人に対する冷ややかな目線が根強くある。年齢でいえば概ね18歳をすぎたころから始まる。むかしの慣例で言えば21歳で成人。21歳は大人として扱われる。30歳をすぎて交際相手も結婚相手もいないとなれば大問題である。「あの人は精神がおかしい」「生殖能力ない」「危険人物」と言われてしまう。人前で言わないだけで、皆、感じていること。これは、実際に私が現地で見聞きした事実である。

インターネットが普及する前から、欧米諸国には「ブラインドデート」と言って、有料通話で交際相手をさがす電話サービスがある。「お見合い」の電話版だと思えば間違いない。ニュージーランドにも広く普及するサービスである。いまではあまり利用する人がいないけれど、1990年代まで主流の交際相手検索ツールであった。声楽家のキリ・テ・カナワもブラインドデートで配偶者を見つけ結婚している。
なぜ、このようなサービスが普及したのか。それは「交際相手がいない=恥」という社会の根強い偏見がある。
特に高齢の独身者は奇特な目で見られる。これはいまでも同じ。事情はどうあれ「あの人はおかしい、だから、結婚できない」「近づくと危険」と判断される。結婚をしていないだけで犯罪者扱いを受けてしまう。小児性愛者が多く、世界有数の性犯罪国のニュージーランドでは当然のことである。

同性愛者が結婚できないとなれば、田舎社会のNZでは痛烈な批判を受ける。「同性愛者だから結婚はできない」「しかし社会は結婚をしろと言う」。これが長年の議論を生み、欧米社会では問題となり、クリントン政権下のアメリカ軍でも同性愛者の任官について大きな議論となった(Don’t ask, Don’t tell )。
クリントン政権も同性愛者の扱いに非常に苦労した。キリスト教保守派もアメリカ軍も同性愛者を厳しく扱った。
欧米社会では、交際相手がいない・結婚相手がいない=一人前の成人と認められない。欧米社会の流れを持つ南半球のド田舎のニュージーランドでも同じ事情がある。
交際相手や配偶者の有無は欧米諸国とアジア諸国では異なる見識を持つため、比較対象にならない。これは個人の問題ではなく、歴史の問題である。

ニュージーランドでの同性婚を認める決定は「好きな者同士が結婚する」というロマンスは含まれない。同性愛者の結婚を認めないと「いつまで経っても大人になれない」とみる行政手続きだけが強調される。「愛だ」「恋だ」なんて関係ない。「大人として自立できるか否か」、議論の対象となったのはこの部分だけ。そして大人になったら納税をして社会の務めを果たせ、という根拠につながる。愛だ、恋だ、ロマンスだなんて文言は一文字も入っていない。

ニュージーランド人の国民性を知る私にとって同性婚は大きな問題ではない。行政上の手続きを改定しただけ。

ニュージーランド社会に大きな影響力を持つキリスト教保守派と教会は同性愛者による結婚を認めていない。ここが認めないとニュージーランド社会は何も変わらない。法律を改定しても意味がない。政治のチカラでキリスト教保守派と教会をねじ伏せたら「してやったり」だけれど、政治もここまではできなかった。どの政権もできない。誰もできない。政治家が同性婚に関する雄弁な演説を行っても同性愛者を取り巻く環境は何も変わらないのである。

在留邦人は「ニュージーランドで同性婚の話になっても、『だから何だ』っていうだけ」「こんなに自由な国はない」「日本社会は送れている」と言う。それは事実。ニュージーランド人は同性婚に関心がない。選挙の争点にもならない。それは単なる無知だから。

ニュージーランドの教育格差は激しく、公立校のレベルは低い。高卒まで遊んで暮らすことが許される。当然、中退率が高い。中退率の高い生徒の離職率も高い。

ニュージーランド社会を牛耳る社会的上位層は、私立のキリスト教学校出身者。この人たちは家庭教師をつけ猛勉強するので、医師、教師、弁護士、会計士、聖職者になる。どの職種も手堅く、食うに困らない。ニュージーランドの「お偉いさん」とは、公職につく人であり、公務員なのである。民間人に「お偉いさん」は存在しない。
キリスト教保守派とはこの「お偉いさん」で構成されているのである。このガチガチの右派グループが同性婚に「YES」というわけない。「YES」と言わないから教会は同性愛者同士の結婚を認めていない。キリスト教保守派は国政選挙に候補者を送り込み、投票数を握る。ではなぜ、キリスト教保守派は同性婚を認める法案を通過させたのか。こんな法案を通しても、ニュージーランド社会に何の影響力もないことを知っているからである。行政上の手続きを簡素化し、何が変わるんだっていうだけ。あー好きにやればいいさ、旅券の申請を紙でやるかネットでやるか、同じことじゃないか、っていう程度のこと。事実、その通りの扱いにしかなっていない。
ニュージーランド人は、同性愛者が結婚しようがどうしようが、関心がない。しかしニュージーランド社会を牛耳る保守派は同性婚なんて絶対に認めない。どんなことがあっても認めない。
ニュージーランドの教会の影響力は凄まじく、お金も人も情報も、何でも集めてくる、それが教会の役割。その教会は同性愛者の結婚どころか、同性愛者の存在すら認めていないのである。

これも少しの知識と、語学力があれば、誰でも理解できる内容である。ニュージーランド国内では同性愛者が結婚をしてもしなくても、誰も何とも思わない。そもそも、この法案の中身を知る人はいない。誰も同性愛者に関心がない。どうでもいい。クリケットの試合でパキスタンに勝ったのか負けたのか、そちらの方が重要な問題である。

同性婚を認めない日本は、時代遅れなのだろうか。

「パートナーシップ」と呼ばれる内縁(同棲)関係もニュージーランドではよく思われない。特に高齢者は拒絶反応を示す。内縁関係が成立するのなら、初めから婚姻制度は必要ない。現実に婚姻制度は存在している。
若年層は「パートナーシップ」制度を受け入れるのか。子供が生まれるとパートナーシップを解消し結婚する人がほとんど。「パートナーシップ」が制度上認められるのなら、解消する理由もない。人間は保身的だから、子供が生まれた後も内縁関係だとシックリこない。そこで初めて結婚する。それなら初めから結婚すればいいんじゃね?ってなる。この「パートナーシップ制度」も行政上の手続き理由で作られただけの仕組みであり、一般市民にとって不都合でもないけれど便利な制度ではないのである。子供が生まれても、なお、パートナーシップでいることは、社会風俗上、便利とは言えないのである。

在留邦人は、なぜ、素直ではないのか。
在留邦人は私がNZに居たころから素直ではない、反発してばかりの態度は何も変わっていない。
「日本が嫌い」「日本のやり方が気に入らない」「日本のしがらみが嫌い」と悪口だけしか言わない。それを現地の人に説明しない。語学力がないので説明できない。ニュージーランドにいる本当の理由を現地の人は知らない。知っているのは邦人社会だけ。

それでは海外で成功しているのかと言えば失敗ばかりしている。素直ではないのでそれで良いと思い自慢している。だから誰も意見を聞かない。聞かされるのは言葉の通じる邦人だけ。

素直に人の意見を聞く。それを取り入れる。熟練し自分の意見を持つことは重要でも、最初から反発する人は何をやっても成功しない。そこには他人を説得するチカラがない。だからいつまで経っても底辺から抜け出せない。プライドだけが高く、実力がない。人に頼り生きる乞食人生だから説得力もない。それが勝ち組だと豪語する。それが自立していると勘違いしている。

平均的な知能ある人からすると「コイツらとは付き合えない」となるから同じような人間としか付き合わず極めて閉鎖的な社会だけが構築される。現地の人はこんな閉鎖的な邦人社会があることを知らない。
これが在留邦人を取り巻く「反日感情」の根源である。
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ニュージーランドの精神異常者

このブログは2018年になってからも毎日700人くらいが見に来ている。ほとんど更新していないのに、何か面白い項目を見つけたのでしょうか。

今年になり最も読まれている項目は「東大附属『銀杏祭』へ行ってみた」。断トツ。
国立校はホスピタリティ精神がないので、学校情報がほとんどない。受験生は兄弟・姉妹が通う国立校でないと情報がない。何でもいいから情報を探すうちにこのブログへたどり着くのでしょうか(謎

東大附属は国立校の中でも変わった学校なので、万人にオススメできる学校かというと、オススメできません。
偏差値の高い生徒は東大附属をねらうより、高等専門学校(高専)をねらったほうがよいでしょう。進学率100%、就職率100%の最強校が高専です。高専は「勝つ学校」ではなく「負けない学校」なのである。

高校生活を楽しみたい人は私立校一択です。私が高校生に戻れるのなら「青山学院高等部」へ通いキラキラした青春を送ります。高校も大学も何歳になっても通える。しかし、17歳の感性には戻れない。それなら、17歳は青山学院高等部で過ごしたい。
青山学院は大学から入学すると悲惨なので止めましょう。在学中も卒業後も貧富の差に悩みます。ロンブー淳の青学受験はおすすめできない。彼が青学に(運良く)入学できても、貧富の差に悩みます。お金があるかないかの違いじゃない。血統の違い。淳が青学生になれても本物の「青学生」にはなれない。
青山学院は初等部から通うから意味があるわけで途中から入学、それも大学から入学しても価値がありません。私立の付属校とはそういうものです。それが私学のカルチャーであり、精神であり、哲学です。私学には建学の精神がある。
青学への入学なら遅くても中等部からの入学が必要です。そうなると必然的にお金持ちしか入学できません。青学はお金持ちだけ入ったらいい学校なんです。そういう学校なの!それでいいの! 
「平等」と「公平」は異なる言葉で異なる意味を持つ。民主主義は残酷なの!

ニュージーランドに関する項目もポツポツ読まれているけれど、何か面白いことが書いてあるのでしょうか(謎
私がニュージーランドを離れ20年が経つわけですが、それでも当時の思い出を現在居住する人が見てわかるとなれば、それは大問題です。なぜなら、20年間、何も変化していない国ということが立証されるからです。東京で20年前のことを話されても通じない。「それって20年前じゃん、意味わかんない」ってなります。20年前のNZの話がいまでも通じる。ここにこそ、危機感を感じなくてはいけません。

私が「ニュージーランド」という言葉を聞くとマイナス100から始まる。聞きたくない、NZ時代のことを聞かれたくないから始まる。完全にトラウマ。あの国での悪夢の日々が蘇る。自分の履歴書からニュージーランドの部分を削除したのはそのため。ニュージーランドの良い部分を知りプラス90になっても、まだマイナス10であり、最後はマイナス10で終わる。「あー、やっぱり聞かなきゃよかった.....」ってなる。これが「ニュージーランド大嫌い」の理由。
他方、「ニュージーランド大好き」な人はプラス100から始まる。メラゾーマを唱えマイナス90のダメージを受けてもまだプラス10。「やっぱりニュージーランドが好きだ!」となる。

日本人は「横並びな性格」「ところてん教育を受けた金太郎飴」と、反日左翼ゲリラの寺西尚樹(NZ移住留学デスク)とイーストウインドの田中は騒いでいますが「横並び」で「金太郎飴」なら、マイナス100とプラス100に分かれることはない。日本人ほど柔軟性があり、他国の文化を受け入れる国民はいない。他の国の人を見てください。皆、硬直的で保身的だから。ニュージーランドなんて保守の中の保守じゃないか。自分たちの知らないことは絶対にやらない、知らない人とは挨拶をしないどころか目も合わせない、親が食べないものは子も食べないから食文化は貧しく、20年前のことが現状も通じてしまう。日本での忙しい生活にくたびれた人はニュージーランドの時間の止まった生活を「地上の楽園」と表現するが、それは何も動きのない超ド田舎な鎖国生活なのである。それを盲目的に美化する必要はない。ニュージーランドを良く見る向きがあるなら、それは非常に偏った偏見ある見た方であり、「差別」であることを忘れてはいけない。差別を非難する人ほど差別批判を繰り返す。

2018年2月19日、ニュージーランド統計局(StatsNZ)が公表したニュージーランドの出生率は1.81で過去最低を記録。
常々、私が「ニュージーランドでは人口は増えていない」「増えているのは大人の移民だけ」「大人の移民はNZ社会に歓迎されていない」という内容が数字で立証される結果となった。「数字は正義である 。数字の中に真実が、真実の中に数字がある」。

出生率1.81という数字は統計を取り始めた1921年以降、最低である。ニュージーランドでは人口は増えていないのである。増えているのは数字による操作である。ニュージーランドの少子化は私がNZにいた20年前にはすでに言われていた事実である。身近なところでは、ニュージーランドのラグビー人口は減少している。もはやニュージーランドはラグビー大国ではない。競技人口は年々減少している。これは少子化に伴い、体と体がぶつかりあう「コンタクトプレー」を避ける親が増えているからである。ラグビーは怪我の多い競技であり、子が1人しかいない家庭はラグビーをさせない。私がNZにいたころ、サッカーをする生徒はヨーロッパからやってきた子女しかいなかった。親子がNZ生まれの人がサッカーをすることは稀であったが現状はどうだろう。ニュージーランドのサッカー人口は増加傾向にある。コンタクトプレーを避ける親が子にサッカーをさせているのが理由。同じ理由からバスケットボールをさせる家庭も増加している。裕福な家庭の子女なら水泳とクラシックバレエ。ニュージーランドはラグビー大国ではないのだ。

在留邦人が声高々に主張する「ニュージーランドの医療はタダ!」「ニュージーランドの教育はタダ!」も嘘のデタラメであることがバレた。そしてそのタダの医療と教育を用いても子供の数は増えるどころか減っていることを数字が示している。つまり、国策も失敗であることが裏づけられた。お金があるから子供が増えるわけじゃない。お金があっても子供は減っている。それも継続し減少しているのだ。

しかしイーストウインドの田中は「NZの出生率は2.04」と、訳の分からん数字を出してくる。ニュージーランドの出生率2.04って1993年の出生率。いまって、1993年でしたっけ? 中西尚樹に至っては出生率2.2というデタラメ数字を出している。出生率2.2って1977年(昭和52年)の数字だよ!(正確には2.21)。41年前の数字が現在の数字になるなら、私の20年前のお話なんて最新情報ですよね!私も失業したらNZに戻って情弱邦人を探し出し、41年前の数字から妄想話を作り出し、カネ巻き上げよう。取れる財産は全部吸い上げ取れなくなったら「これがニュージーランドのやり方だから」って捨て台詞吐いて逃げるの。イーストウインドの田中と寺西尚樹がやっていることを私ができないはずない。ニュージーランド人が聞いたらびっくりな「ニュージーランドないない話」です。

ニュージーランドの少子高齢化に伴い、15年先には年金がもらえなくなる。特に、外国人永住者は年金がもらえなくなる。これは断言できる。ニュージーランドの財政は外国人に年金を出せるほど豊ではない。外国人永住者にその備えはできているだろうか。
既にオーストラリアは外国人永住者に対する公費助成を打ち切っている。次に年金を打ち切ることは目に見えてわかる。何でも「オーストラリアに倣え」のニュージーランドも追随することは明確にわかる。
20年前、シドニーの空港でエロ本を探していたとき、「25歳を過ぎたら老後を考えよう」という本が売られていた。オーストラリアも財政は潤沢ではない。死ぬ日まで働ければよいが多くはそこまで働けない。「稼ぐ以上に使う国民性」は家計部門の借金を増やす。家計部門が借金だと消費は拡大せず、企業部門も政府部門も赤字となり、税収不足から国は疲弊する。これは歴史が証明している。現役世代が老後の生活設計を怠ると食えないよ、その開始年齢が25歳だよという本である。
20年前からオーストラリアには国家の危機感があった。民主主義は残酷なので「強い者の味方」がいても「弱い者の味方」はいない。ニュージーランドで老後に対する危機感はあるだろうか。

永住者って単なる長期滞在者なだけ。1年ごとの滞在許可の更新が不要なだけで、滞在許可を得て滞在していることに変わりない。「ニュージーランドの永住権を得ればNZ国民と同等の扱い」と自分では思っていても、イミグレはそこまで優しくない。過去にさかのぼり、現状説明できない部分を指摘し、立証できないなら滞在許可をはく奪すると言われる。これは実際にイミグレがやっていることである。
私の学校の先生に永住資格を持つ人がいた。この人は自力で永住資格を取得していない。配偶者扱いで永住資格を取得した。ニュージーランドの移民政策は配偶枠での永住資格取得は想定していない。配偶者はニュージーランドで戦力にならない。イミグレはここに文句をつけた。ある日、授業へ行っても先生がこない。最後まで教室にこなかった。先生はイミグレから「いますぐに来い」と呼び出しを受け、滞在許可に怯える先生は授業をバックれ、イミグレに直行し面談を受けていた。生徒は自習をして事務へチクることなく穏便に過ごした。だから先生がバックれたことを学校は知らない。良い生徒たち。あー、そうか、『幸運な出会いを待つ』ってこのことか。そのために学校は優秀な生徒を入れる。先生のクビにさせないために。これを「ニュージーランドらしい」と評価するのでしょうか。プラス100からスタートする人はそう判断するのでしょう。マイナス100からスタートする私は「職場放棄」としか判断できない。ポンコツしかいない公立校なら大騒ぎになっていた。生徒は逃げ出し運動場でクリケットを始めるからね。それを見つかり体育教師に怒られる。怒られる理由は授業時間に遊んでいるからではなく、無断でクリケットの道具を使用したから。これは「ニュージーランドあるある」です。ニュージーランドの学校へ通った人ならこの意味がすぐにわかるはず。学校へ通った経験のない9割の在留邦人には意味が通じない。これが「現実」と「妄想」の違い。言葉は文法が正しければ通じるわけじゃない。

永住資格は単なる滞在許可である。「ニュージーランド国民と同等の扱い」なんか受けない。重度の身体障害者になれば「日本政府に面倒みてもらえ」と言われるだけ。ニュージーランドの永住資格を持っていてもニュージーランドは助けてくれない。なぜなら、日本人はニュージーランド国民ではないから。
イミグレが気に入らなければ取得後もいつでもはく奪できる。そのことを知っているから汚い過去を持つイーストウインドの田中は日本国籍を捨てニュージーランド国籍を取得した。アイツの精神障害だと日本でまともな人間として扱ってくれない。生活保護はもらえない、精神病院にも入れない。「僕は自閉症」「悪いのは日本政府」と、被害妄想で騒ぐだけ。日本に捨てられる前にNZに頼ったわけ。中国人妻経由でね。自立できない田中が頼れるのは中国人妻だけ。文句は人一倍いうのに(それも日本語)、頼れるのは中国人妻だけ。「お母さん、お母さん」って、中国人妻の後ろをついて歩くだけの包茎野郎。
中国人妻は言いました。「私、あんたのお母さんじゃないから」。逆恨みと被害妄想で精神が崩壊するとお母さんじゃない人にも「お母さん」しか言えなくなっちゃう。分裂病と精神障害、痴呆症が混ざった状態である。母を頼る息子を「マザコン」と差別するのに、妻に頼る夫は差別を受けない。これこそ、差別ではないだろうか。社会の底辺を生きる田中は自分が差別されていることを知っているので、差別を上手く利用している。どこまで包茎野郎なんだって思います。でもね、貧しい出身の人は包茎じゃないと生きていけない。NZにいる在留邦人って、みんな、貧しい。悲しいくらい貧しい人しかいない。永住資格を得た人は何かしらの生活手当をNZ政府から受給している。自活できる人は1割もいない。手当が打ち切られたらその日から生きていけない人しかいない。在留邦人が集まると、誰が何の手当をもらい、それはいくらもらえるのか、って話しかしていない。お金の話ってもの凄い結束力を生む。だから、邦人社会を嫌う一方で頼る人が多い。邦人社会に頼らないと生きていけないから。それって、NZに住む意味あるの?って思っちゃう。

NZからすると「また精神病者が増えた」と思っているけれど日本からすると「精神病者がいなくなってよかった♪」って思っている。これもマイナス100かプラス100か、「横並び」でも「ところてん」でもない柔軟性ある対応を立証している。
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不合格体験のすゝめ [在留邦人批判]

久しぶりにこのブログを読み返すと、けっこう面白いことが書いてある。自画自賛。
ニュージーランドの学校へ入学するとき、英語学校の先生が「あなたの書く文章は面白い」と誉めてくれた。同じ先生が推薦文を書いてくれたので、同じような内容が書かれていたと思われる(推薦文の中身は読めません)。
同じ学校を受験した日本人の男子留学生は「基礎学力も英語力も低い」と不合格になった。同じ学校を2回受験して2回とも落ちた。留学失敗組はたくさんいる。私がニュージーランドの学校へ入学できたのは、あの先生のおかげなのかもしれない。一枚の推薦状は黒を白へ変えてしまうチカラを持つ。信用がもの言う世界。

日本から持参した推薦状を、留学エージェントは勝手に書き換え、まったく新しい推薦状にしてしまう。推薦状の意味なし。「どーせ書き換えてもわからねーし」って言いながら。公文書偽造。当たり前のようにどのエージェントもやっている。そこに罪の意識はない。罪の意識があるとカネは稼げない。
まともな学校は信頼できる人以外の推薦状は受け取らない。誰が書いた推薦状でもいいわけじゃない。社会には序列がある。ニュージーランドはコネ・ツテ・地縁を重視する。見たことも会ったこともない日本人が書いた推薦状なんて読まない。日本が自由な社会でなければ、ニュージーランドも自由な社会ではない。

私立中学校の受験は終わり、桜が咲いた受験生と散った受験生に分かれた。
受験情報サイトの書き込みに「合格体験記は見るが、不合格体験記は見ない」とあった。合格にセオリーがあるなら、不合格にもセオリーがある。受験生が重視すべきは「合格体験記」ではなく「不合格体験記」なのである。
受験は試験日も募集人数も出題範囲も決まっている。あとは不合格にならなければ自動的に合格になる。あえて合格を勝ち取る必要はないから補欠合格まである。試験日から逆算をして「不合格体験記」に綴られていることをしなければいいだけ。受験は明確で公平な交通規則のような仕組みになっている。
受験制度を批判する人こそ、受験制度を活用して欲しい。受験に合格しない人が受験以外で成功することは皆無である。

「留学失敗体験記」はあるだろうか。私が知るかぎり、このブログしか見かけない。
「留学成功体験記」はお金が落ちる移住・留学エージェントが莫大な数を載せています。次に莫大なお金を落としてくれる人を探さなくちゃいけない重要ツールだからね。掲載内容も本当にこの世に存在する人の実体験記なのか不明ですが。

私の個人的感覚では、留学生の9割は現地校の入学水準に達していない。
10人が受験しても9人は不合格。このくらいが適正レベルだと思われる。
しかし高額な学費を支払う留学生を学校が逃すはずはなく、特に中堅の公立校は喉から手が出るほど留学生を欲しがる。私が通った私立校は現地でもトップ校だったので受験も厳しく現地生でもバンバン不合格になる。私立校は校風に合わない生徒は受け入れないので容赦なく落とす。それが許されるのが国から補助金を(ほとんど)受け取らない私立校の精神であり哲学。入学後も学力が低いと「おまえはバカなんだからもっとレベルの低い学校へ行け」と退学を命じられ、実際に退学になる生徒は1割くらいいた。運良く合格した日本人留学生も、いつの間にか消えていなくなる。情のカケラなんて微塵もない。私立校は信用で成り立つ。バカな在校生、おかしな卒業生を出せば次の年から入学生が減る。信用がもの言う世界。そのことを教えてくれる人がいるだろうか。

私はニュージーランドをよく思っていない。それは「自分が経験したことが基準」となり判断しているからである。
どこかの在留邦人のように、自分は何も経験していないのに、人の体験談を聞いて自己経験に置き換え、妄想で綴っていない。
移住・留学エージェントで現地校へ通い、現地の理不尽な仕組みに悩み、いい加減な人間たちに右に左に振り回され、苦い経験を持つ人はどれだけいるだろう。多く見積もっても1割である。

在留邦人の9割は妄想でニュージーランドを美化しているだけである。
在留邦人が妄想で思い描くニュージーランドは、ニュージーランドに存在しない。異常人格者が異常人格の中で描いた虚構の世界である。

日本からニュージーランドへやって来ると、隣の芝生は青く、何でもよく見える。
語学力が低く、現地の慣習も考え方もわからないため、陰口を叩かれても理解できない。いつもニコニコしている知的障害者のように振る舞う。知的障害者は自分の言うことも相手の言うことも理解できない。理解できないからいつもニコニコしている。ニュージーランド人は頭がよくないけれど、自分の言うことが相手に伝わったか否かは理解できる。自分の言うことが伝わっていないのにニコニコしていれば「コイツは頭がイカれてる」と判断する。在留邦人は語学力がないのでいつもニコニコしているバカ集団である。現地の人にバカにされても理解できない。理解できないから悪い部分が見えず、何でもよく見えてしまう。ここまでくると頭がおかしいを超え、精神が崩壊している。

“ニュージーランドLOVE”の人からすると、私の書き込む内容は批判を超えた拒絶でしかない。
私からすると、一体、ニュージーランドの何を絶賛できるのか理解できない。現地の人が嫌うこと、否定すること、悪口を言うことが理解できると「隣の芝生は青くない」とわかる。最初の2か月ならまだしも、何年いても変わらず、語学力も伸びない人からすると、精神が崩壊しニコニコしているだけの得体の知れないものになっていることに気がつかない。

お金をもらわずニュージーランドを絶賛する人は存在するのだろうか。私は見たことがない。ニュージーランド人もそのような人を見たことがないはず。ニュージーランドを絶賛する人は、現地のニュージーランド人に聞いてみたらいい。皆、「ニュージーランドは良い国じゃない」「日本の方がいいよ」って言うから。
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2018-02-15 [ニュージーランド本当の姿]

2018/2/1414:42:29
今ニュージーランドに留学して約1ヶ月になります。

1年間滞在する予定で、2週間くらい前に学校が始まったんですが、友達作るのが難し過ぎて学校を楽しいと思いません。喋りかけてもそこから会話を続けさせる事が難しく、速過ぎて何言ってるか分からない事もよくあります。授業が選択制なんですが、そこに日本人が居ていつも一緒に居たら駄目だと分かっていても他に喋る相手がお互いに居ないので一緒に居てしまいます。
自分はホストファミリーとすごく相性が有ったのでホームシックなどにはかかってませんが、親に高いお金を払ってもらって留学しているのに、このまま友達が出来ず日本人と一緒に居たら語学が上達しないと思うので焦っています。
変わらなきゃ駄目だと思って現地の人に喋りかけたりしましたが、毎日喋れるような友達は作れていません。その前に毎日会話を続けられるような英語力がありません。残り10ヶ月ほどありますが、このままでは友達が出来る気がしません。留学などを経験した方はどのように現地の人と親しくなりましたか?
みなさんのアドバイスお願いします。
ちなみにホストファミリーとは、よくスポーツをして遊んだり、どこかに連れてってもらったりしてよく喋れてます。


2018/2/716:21:04
ニュージーランドの高校に留学しているものです。

今週からクラスに入って、本格的に授業も始まりました。
私の通っている学校は小学校から合体の学校なので、現地の子達はもうグループが出来ています。
そこに混ざりたいのですが、かなりうーん?みたいな顔をされます。
それでも話しかけ続ければいいでしょうか??
長期滞在なのでこのままではダメだと思っています。
日本語の授業を取っている子達は話しかけてくれるのですが、やはり他の子達はアジア系にはちょっと近寄り難いみたいです。フレンドリーだと思っていた私が甘かったです、、、
他の国から来ている留学生の友達は出来たんですが、未だに現地の友達が出来ず悩んでいます。日本人はシャイだからね、と必ず言われるのもとても悔しいです。
厳しく言ってもらって構いません。
アドバイスでもなんでもお願いします!!!


2017/2/2717:57:08
留学先で友達を作る意味

ニュージーランドに高校の志願制プログラムで留学中の高一女子です。(語学学校1ヶ月現地の高校2ヶ月で、今は高校に通っています。)

私の通っている公立の現地の高校は沢山の留学生(日本人留学生のほとんどは日本の高校を退学になったようなヤンキーが多い)を受け入れていて、みんな国別で固まり現地の生徒と留学生は凄く分かれています。
できたら現地の友達を作りたいなと思っていましたが全然作れていません。

私の日本の高校が頼んでいる旅行会社の留学担当のエージェントの方と話していると、今まで見てきた留学生は友達できないと、泣いて苦労して友達を作っていたと言っていました。

私も現地の子に話し掛けはしますが、話も続かなくてその場だけで友達になんてなれないし、留学で友達を作って話すのが一番良い方法だとも聞きますが、本当にそれで上手くなるのかなと思い始めています。

留学する意味も分からなくなってしまいました。
留学で友達を作って話すのが、何故良い勉強法なんでしょうか?

助けて下さい。



あれあれあれ? ニュージーランド人はノリが良くフレンドリーな性格なのでは!?
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2018-02-03

@TKB_BUZZ

Nz悪口ブログ久しぶりに読んだらまた悪口全開になってて本当に面白い。ガチで暮らした人は絶対ここに行き着く。NZ嫌い。私は好きでもなんでもないからますます嫌いだしNZを素敵だのなんだの言って留学移住させるエージェントも好かん。だってガチで住んだらやばい国特に高校留学はまずい。

3教科選択でそのうち2つが写真とデザインっていうのを先生が誰も止めない。その子は元引きこもり。あんたそりゃー学校は金づるになるから学生取ってるだけ。本当に将来心配するならまず5教科選択絶対させるやろ、、どうでもいいから好きにさせる。どうせ国に帰る人だから興味など無い。

しかもNZ訛り英語は他の国から馬鹿にされる。だから私は訛らないように英英語を練習するようにしてる。そういや職場に南島の田舎者が三人もいてあまり良い英語を話さない。隣のババアの訛り移らないように気をつけてる。なのでNZに留学するメリットはあまりない。大学もそんなに良く無いと思う。
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2018-01-29 [ニュージーランド本当の姿]

 1月26日、札幌市手稲区のスキー場で、コース外に出た外国人9人が救助を要請しました。

 9人にけがはありませんでしたが、危険区域に入るスキーヤーが後を絶たず、スキー場では遭難者に費用の請求を検討しています。

 1月26日、札幌市手稲区のスキー場で、スキーをしていた10代から50代のニュージーランド人男女9人が、コース外に出て道に迷いました。

 蓼沼阿由子記者(発生当時):「テイネハイランドです。風はそれほど強くないですが、細かい雪が舞っている状態で視界がとても悪くなっています」

 現場の視界は良くありませんでした。9人はスキー場のパトロール隊により、スキー場の南東約2.5キロの永峰沢付近で発見。

 9人は26日夜遅く、パトロール隊の先導で札幌市西区の平和の滝付近に自力下山しました。

 ただ、救助された人たちは、報道陣にVサインを見せるなど、反省した様子はありませんでした。

 テイネ事業部索道グループ 能勢知治隊長:「助かってほっとしている様子もあるが、反省した様子はあまり見られない

 蓼沼記者:「スキー場の山頂付近です。こちらの看板にはコース外に出るときの注意点が書かれていて、救助費用を請求することも、書かれてあります」

 スキー場によりますと、今回の救助費用は数10万円…。立ち入り禁止の場所からコース外に出た今回は、遭難者に全額を請求するということです。

 なぜ、バックカントリーに入るのでしょうか?

 蓼沼記者:「Q. なせバックカントリーに入るのか? 」

 外国人スキーヤー:「新雪だから。人もいない」

 蓼沼記者:「Q. 危険と感じることは? 」

 外国人スキーヤー:「まったくない」

 蓼沼記者:「Q. 救助費を請求されるって知っていた? 」

 外国人スキーヤー:「知らなかった。(スキーの)保険はあるが、バックカントリーだと、効かないだろう」

 こちらのスキー場では、一部の場所からはコースの外に出ることを認めています。

 ただ、すべて「自己責任」です。

 テイネ事業部索道グループ 能勢知治隊長:「道具を使って、自分で登って降りていくのが本来のバックカントリー。それがリフトを使って、気軽にパウダースノーを求めて外に出る。山の知識が詳しい人じゃないとかなり危険」

 コース外のいわゆる「バックカントリー」は、スキー場にはない開放感が味わえるなど独特の魅力がありますが、身の危険が隣り合わせになっているということを忘れてはいけません。

UHB 北海道文化放送
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2018-01-21

@freepapa

ニュージーランドで生活したい方は・・・・まずは、以下のサイトをみることをお勧めします。悪いところからみると、NZのいいところも発見できます! nzdaikirai.blog.so-net.ne.jp

悪いところから、いいところを発見する・・・・。神様も仏様も不可能だと思います。
地獄にある天国を発見するようなものでしょうか。そんな天国があれば、そこは地獄ではありません。

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外国人実習生と日本人ワーホリ [ニュージーランド本当の姿]

外国人実習生の失踪急増、半年で3千人超 賃金に不満か
朝日新聞 2017年12月13日

Working holidaymakers leaving New Zealand 'disappointed and disillusioned'
NZ Herald 29 Dec, 2017

時を同じくして日・NZ、2つの国で外国人就労に関する記事が掲載された。
どちらも外国人就労者に厳しい労働環境が報告されている。

海外在留邦人の大半は、反日思想を持つ極左勢力なので何を言っても通じないが、平均的知能ある反日思想を持たない日本人は大きな誤解をしている。

「ワーキングホリデー制度」と「外国人技能実習制度」は非常によく似た構造を持っている。

日本が信用ある国と認めた場合はワーホリ制度、信用ない国と認めた場合は実習制度を採用していると見て間違いない。
国際的信用度の高いドイツ、フランス、イギリスはワーホリ制度、親日的な台湾、香港ともワーホリ制度を結んでいる。

他方、国際的信用度の低いベトナム、中国、インドネシア、フィリピン、ウズベキスタン、バングラデシュ、ネパールとは実習制度を帰結。

受け入れた外国人は「実習生」という名目で日本人がやらない、きつくて、汚く、危険な仕事に就く。いわゆる「3K」という職場に最低賃金で雇われる。実習生は従業員寮で集団生活を送る。

「実習制度」は「実習」という名目である通り、賃金を稼ぐことを目的としていない。
「ワーホリ制度」も同じく就労扱いにならない。ワーホリは制度上「休暇」扱いになる。「休暇」の中で限定的な就労と就学が認められる特別制度。それが「ワーキングホリデー制度」。ただし、限定的でも就労が認められるため、休暇扱いのワーホリも税制上は「就労」扱いになる。そのため納税義務が生じる(国によっては免除制度あり)。

「実習制度」で失踪者が出ると、きつい・汚い・危険な職場だから逃げたと思う人が多いが、実際は職場環境に不満を持つ人はほとんどいない。
仕事と住まいを提供され賃金も支払われる。職のない国から来た人にとっては地元より待遇が良いため職場に不満を持つ人は多くない。

失踪する理由は「集団生活に馴染めない」から。実習生は決して生活環境の良い宿舎で集団生活を送っていない。6畳間に3~4人で寝泊まりする。最低賃金で暮らす実習生なのでお金はない。プライベートがないためセックスもできない。20代の若い体は性行為を求める。どこかで性欲を発散したいのにする場所がない。これが失踪理由。人間は忠実にホルモンに支配されているのだ。

中国やベトナムのように社会主義国でも経済発展に伴い富裕層が急増。地元では食うに困らない若者も多く、就労意欲のない、いわゆる「中国版ニート」「ベトナム版ニート」が多数出現している。働かない息子に困った親は実習生として日本へ行かせ修行をさせる。強い息子へ育てたいと思う親心は万国共通、不登校で高校中退した子を無理やりニュージーランドへ送り込む日本人の親と同じなのだ。来日する実習生の中には、かなり裕福な人も多い。実習生=貧しい人ではないのだ。

他方、田舎から人材を集める際は現地ブローカーを介在する。むむむ、きな臭いぞ。どこかの国にも移住・留学エージェントという名のブローカーがわんさかいて、如何わしいことをしていますから。このブローカーの中には日本人、つまり、海外在留邦人も含まれる。
このブローカーたちが言葉巧みに「日本へ行けばカネが稼げます」「年間250万円稼げます」「日本で3年働けば地元に家が建ちます」と、美味しい言葉を並べ勧誘する。そして、「日本へ行く手数料として100万円必要です」と、つけ加える。あれあれ? これってどこかの国の移住・留学ブローカーとやってることが同じじゃないか。

田舎者は親戚に借金して100万円を集める。1年働けばすぐに返せる。しかし実際には返せない。

こうして来日するのが外国人技術研修生。彼ら・彼女らの目的は日本で技術を学ぶことではなく「出稼ぎ」目的での来日であり、富裕層の子にとっては「精神修行」なのである。

日本へ精神を鍛えるために派遣された富裕層の子と、貧しい田舎から出稼ぎでやってきた貧困層の子。外国人技術研修生にはこの2つの目的があることを混同してはいけない。

見たことも会ったこともない裕福な人と貧しい人が6畳間で共同生活を送る。食事を作ったことがない都会出身の裕福な人と、不味いものしか食べたことのない農村出身の貧しい人が同じ生活を送る。この組み合わせが最長で5年間続く。途中でいなくならない方がおかしい。日本人の中には外国人研修生の失踪理由を知ったら心底驚く人が多い。しかし、失踪理由は誰にでも起きる普通の内容なのである。

失踪者はどこへ行くのか。最初は同じく実習生として来日した人の寮を転々とする。そのうちお金がなくなり同郷の知人にカネを借りるようになる。そしていなくなる。ここで同郷の知人が警察へ通報し、事態が発覚。同郷の知人は「カネ返せ」と言うだけ。失踪者を助ける意思は微塵もない。同郷の知人と言っても日本で知り合った他人なのである。このあたり、ワーホリで知り合った日本人、留学先で知り合った日本人の関係とよく似ている。同郷の知人は親友ではない。互いが互いの目的を達成するために必要な外部協力者。北朝鮮から脱北する人を助ける外部協力者と同じ。目的を達成すればそいつに用はない。留学後や日本帰国後に現地で知りあった邦人とつながりを持てる人はどれだけいるだろう。多くは一切の連絡を取らず絶縁状態にある。あれだけ毎日一緒にいて、相手の私生活まで熟知した間でも一度離れたら終わりな理由は外部協力者だからである。

失踪者は闇社会で犯罪を繰り返すためお金に困る人は少ない。警察に捕まっても「お金がない」と言うだけ。裁判所で判決後、強制送還の措置が取らる際は1人あたり83万円の費用を日本国が負担することになる。元実習生で犯罪者でも人権がある。日本国は人権を尊重する。この83万円は税金から払われていることを忘れてはいけない。道に83万円は落ちていないのだ。

運良く逃げ通せた失踪者は法務省入国管理局へ逃げ込み「難民申請」を出す。不法滞在の元研修生で失踪者の外国人が難民。意味不明。平成28年度の難民申請件数は10,901件。このうち難民認定されたのは28件。難民認定率0.0026%。難民認定率1%以下と厳しく批判される日本の難民制度は、難民が難民申請をしていないのである。単なる不法滞在者であり犯罪者が難民認定を求めている。

ブローカーに騙され来日した実習生は「実習制度は厳しいため技術習得を目的に来日する人以外は向かない」「年間250万円、3年で家が建つなんて嘘」「実習制度は出稼ぎじゃない」。これらすべて、海外在留邦人ブローカーが関わる詐欺である。日本人のワーホリも「海外でバイトをしながら英語を学び、100万円を貯金し、白人の友達を作り、白人の彼氏を作る」と、意気込みやって来る人が多い。私がNZにいたころも「絶対に白人の彼氏を作る、それまでは帰国しない」と豪語する邦人女性が多く怖かった。これだけ大きな夢を持ち、1つでも崩れたら批判の嵐が始まる。批判は外国語(英語)ではできないので、邦人を見つけてはやってきて愚痴祭りが始まる。在留邦人で渡航先の悪口を言わない人は1人としていない。

ニュージーランド・ヘラルド紙に掲載された内容を見てみよう。

20代の女性2人は大きな夢を持ちNZへやってきた。しかし、現地で友達ができない。仕事もない。若い体は性行為を求めるも恋人がいないので性欲の発散もできない。現地での収穫は日本人の友達ができたこと、「来るもの拒まず」で採用される日本料理店でのバイト。これって憧れのNZ生活なの?って気がついた。

私がNZにいた20年前とワーホリ制度も変わっていない。さすがは大きな村社会のニュージーランド。変わることを嫌う典型的な村社会。
「制度上の制約」として3ヶ月しか認められなかった同一雇用主の元での就労制限が撤廃され(最長)12か月に延長された。これは、日本人は失踪者がおらず、きっちと納税していることからNZ側が認めた措置。同一条件は他国でも採用され、2018年からは香港でも(最長)12か月の就労が可能となる。日本人の信用力は国際的に認められた誇るべき良心であると言える。

ニュージーランドは小さな国ではなく、大きな村なのだ。そこには閉鎖的な社会構造があり、人柄も良くない。お金を落とす人には挨拶をしても、自分の利益にならない人とは目も合わせない。ニュージーランドに住んだ経験ある人はこの意味がわかるはず。現地にいるポリネシア系のサモアやトンガ、フィジーから来た肌の浅黒い体の大きな人たちは損得勘定なしに挨拶してくれるも、ヨーロッパ系の「パケハ(Pākehā)」と呼ばれる白人層とは人種構造が異なるのである。一般的に「ニュージーランド人」と言えば、パケハのことを意味する。曙や小錦みたいな人を「ニュージーランド人」とは言わない。これはニュージーランド人にとっても同じ印象である。

現地の友達ができるとしたら、現地で嫌われている人か、高齢者くらい。20代の女子が現地の20代と仲良くなることは至難の業である。10代に至ってはより厳しい。既に仲良しグループができた中へ1人で入って行き「さぁ、友達になろう」と言われ、友達ができるのか。常識的に考えればわかること。自分の10代を思い出せばわかる。いきなり知らない人がやってきて「今から友達だ」と言われ、その人を受け入れるだろうか。

私は10代をNZで過ごしたけれど、現地生と仲良くなることは非常に難しく、いま思っても、良好な人間関係が構築できたとは感じていない。学校は小中高と続く私立校だったため、5歳で入学した生徒は17歳で卒業するまで13年間を同じ学校で過ごす。親・兄弟、皆が知り合い。教員も母校出身者が多く同じ教会へ通う。その中で留学生が既に出来上がった仲良しグループへ入ることは非常に難しいのだ。
このあたりの事情については、個人の見識や肌感覚が優先されるも、私と同じ経験を持つ人は少なくない。誕生会に呼ばれたから、自宅に招かれたから友達とは判断できないのである。人数合わせで知らない人が招かれることは多々ある。

東洋人はウェットな人間関係を求める。朝から晩まで一緒、女の子はトイレまで一緒に行く人を友達と判断する。誰かの悪口を言い合い、秘密の話を共有することで親密度を高める。これは、国際的な調査でも立証されている女子の世界である。
男子は他人をバカにし、差別し、いじめ、攻撃することで仲間意識を深め連帯感を持つ。これも、国際調査で明確に立証されている男子特有の世界。小中高は大体この世界に支配されるため、苦い経験を持つ男子が多い。これは、オーストラリアでもニュージーランドでも同じ状況である。太った生徒・痩せた生徒、訛りのきつい田舎者、吃音ある生徒、障害のある生徒は例外なくいじめとリンチ、差別対象になる。同級生のいじめに耐えられず退学する生徒も多い。いじめた人はいじめたと感じていないのでより厄介な存在なのだ。ニュージーランドは地上の楽園じゃない。ニュージーランドが地上の楽園なら、男子校での壮絶ないじめやリンチは存在しない。ニュージーランドの男子校出身者に聞いてみればいい。「男子校のトイレは血だらけだろ?」ってね。月経のない男子がトイレで血を流す意味、男子校出身者なら誰でも知っている。

ニュージーランドやオーストラリアの白人国家ではドライな人間関係が中心である。知らない人とは目を合わせない、挨拶もしない。小児性愛者と誘拐の多い国なので、誰にでも愛想良く振る舞うと誘拐され、性的暴行を受ける。

世界5大医学雑誌の1誌である「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)」は、2014年に、ニュージーランドにおける性的暴行比率は国際平均の2倍、国際順位で3位であると、不名誉な報告をしている。

Rate of sexual assault in NZ and Australia is more than double world average

ユニセフ(UNICEF)は、OECD加盟31か国の中で、ニュージーランドの児童虐待件数は上位5か国に入っていると報告。子供の貧困率は2割を超え、ニュージーランド政府へ対し早急な改善策を提言。子供の生活環境についてニュージーランドは発展途上国と変わりない状況にある。ユニセフの報告書では、ニュージーランドは「子供が暮らすには最も危険な国の1国」と結論づけられている。
国際人権救援機構「アムネスティ・インターナショナル」2017年報告書にも同様の指摘がされている。

Unicef report: New Zealand 34th out of 41 developed countries for child wellbeing

ニュージーランドは性的暴行とレイプ(強姦)の多い国であることは国際調査から明らかになっているのである。留学エージェントもENZも一言も言わないニュージーランドの本当の姿である。

私は留学エージェントから「どうやって現地生と仲良くなるの?」と聞かれたことがある。とっても面倒くさいことは、私が現地生と話していると、それに嫉妬する日本人留学生の存在である。これがものすごく多い。日本人留学生は「ビバリーヒルズ高校白書」のような学校生活を夢見てやってくる。そんな生活がド田舎のニュージーランドにあるわけない。 現地生と仲良くなれない。知り合いになるのは日本人留学生だけ。現地生とナマのやりとりができない。教員はお金をもらっているので話し相手にはなってくれるも、友達ではない。現地生と仲良くなりたいのになれないから他の留学生の足を引っ張る。日本人だからと言って他の日本人留学生を知っているわけではない。その日本人留学生の手伝いをする理由もない。留学生は他の留学生の身上相談係ではない。それなのに妨害だけはしてくる。これが日本人社会の非常に面倒な部分。日本人社会は「自分だけは現地の人に助けてもらえる」と考える。移住・留学エージェントも「人に助けてもらう」「幸運な出会いを待つ」と豪語する人が多く、それで出世できた人は他人に同じことを勧める。知らない人を助けてくれる人はいない。幸運な出会いもない。そんなものに頼るようになったら人生終わり。良く言えば純粋な人、悪く言えば世間知らずな在留邦人は低脳集団である。現地生活は良くとも「現地の日本人が嫌い」と感想を漏らす人は多い。私が海外在留邦人を批判する理由がわかっていただけるだろう。

これは在留邦人を続けるかぎりなくなることはない。誰かがいなくなっても次の人がやってくる。あの間には必ず「日本人を騙す日本人」が存在するのである。

恵まれたワーホリという制度で渡航し、現地で友達ができず、仕事も得られず、性欲の発散もできないため、失意の中帰国する日本人はたくさんいる。

ニュージーランドは大きな村社会なので村民意外に厳しい現実がある。村民になれば簡単なことも村外出身者には厳しい。配偶者が現地のパケハなら「準村民」になれるので、そこから人脈が開ける。NZ社会はツテ・コネ・地縁で動く田舎社会なので「非村民」は生きてけない。これは、個人の力では打破できず、カナダやアメリカ、イギリス出身者でも現地生活に馴染めない人は多くいる。

この記事がニュースサイトに投稿されると多くのコメントがついた。「この人たちの言うことはわかる。ニュージーランド人は島国根性の塊だから知らない人と友達にならない。オーストラリアやイギリスから来た人も同じことを言う。なぜ、そう言い切れるのか? 俺がニュージーランド人だからさ!」。

「努力で何でもできる」「学歴より手に職」という在留邦人は、現地の10代の中高生と友達になってみてください。知り合いの知り合いではなく、息子や娘の友達でもなく、夫の同級生の子供でもなく、その辺を歩いている現地の10代の人です。近所に住んでいる現地の高校生でいい、牛乳配達をする少年・少女でいい。配偶者や交際相手のチカラを借りず、自力で現地の高校生と知り合いになり友達になる。鉄壁の精神で心を閉ざし、挨拶をしても無視、シカトは当たり前、親が出てきて「うちの子に話し掛けないで」と怒鳴る人と友好関係を構築できた後、初めて「努力で何でもできる」と言えるのです。私はそのような人を1人として見たことがない。それが何を意味するのか。そこに、本当のニュージーランドがある。移住・留学エージェントが言わない、ENZも言わない、本当のニュージーランドがある。
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低い国籍取得率 [ニュージーランド本当の姿]

ニュージーランド統計局(STATSNZ)が公表するニュージーランド国籍取得件数(2016年度)を見ると、1位がイギリス(4,906件)、2位が南アフリカ(3,633件)。

どちらの国も重国籍を認めており、ニュージーランド国籍の取得に伴い祖国の国籍を脱退する必要はない。

しかし、ロンドンのような大都会から来る人に会うことはなく、北部の貧しいスコットランドや、西部のウェールズ出身者が多数を占める。スコットランドやウェールズから移住して来た人に聞いても「(地元に)仕事がない」「(地元は)雨が多く、皆、病んでいる」と、祖国を良く見る向きはない。どちらも痩せた土地で農業に適さず、牧畜にしか使用できない土地ばかり。意欲と学歴ある人ほど祖国を離れてしまう。

南アフリカは治安が悪く、こちらも意欲と学歴ある人は祖国を離れる。

重国籍を維持する理由は「年金」である。ヨーロッパは年金支給開始年齢が早い。どこから年金をもらうか、重国籍者は有利に決めることができる。60歳前後の移住者の話題といえば「年金」である。孫の話なんかしている人は見たことがない。ニュージーランドで年金がもらえなければ誰も来ない。

3位がインド(3,333件)、4位がサモア(3,020件)、5位がフィリピン(3,016件)、6位がフィジー(2,696件)と続く。やはり貧しい国が並ぶ。
インドは厳しいカースト制が残る階級社会であるため、インドに残る人はカースト制の上位者(支配者)以外にいない。

私の知り合いにシンガポールからの移住者がいた。この人の子は知的障害があるため、エリート国家のシンガポールでは出世できない。まともな人間として扱ってくれない。世間は同情してくれるも、現実には知的障害者は社会から排除されてしまう。その現実を悲観した親はニュージーランドへ逃げて来た。ニュージーランドは積極的に移住を目指す国ではない。

7位の中国(1,217件)は、汚い過去を持つ人が多い。資金浄化ならぬ、経歴浄化である。共産党から派遣されたスパイ疑惑ある人も含まれている。イーストウインドの田中とか。汚職に手を染めた人が多そう。国家としての信用が低いため国籍取得率は低い。

8位がトンガ(764件)。この国も貧しい。

9位はアメリカ(577件)。アメリカも重国籍を認める国なのにアメリカ人の国籍の取得率は低い。
オタゴ大学の現学長でNZの大学初となる女性学長に就任したハーリーン・ヘインはアメリカ人(専門は心理学)。1992年からオタゴ大学で教鞭を執るも、NZ国籍を取得したのは学長に就任した後の2011年。ニュージーランドに対する愛着は低いというか「愛着はない」と思われる。NZ生まれの娘もNZ国籍は取得しておらず、母のNZ国籍取得と同時に駆け込みで取得した。ご主人のマイク・コロンボ(アメリカ人心理学者)もオタゴ大学の教授。この人はNZ国籍を取得していない。

ちなみに、ハーリーン・ヘイン オタゴ大学長の年俸は62万ドル(約5,000万円)。これでも「イギリスの大学に比べたら薄給」と年俸アップを求めている。それならイギリスの大学へ移籍すればいいのにね。

10位はスリランカ(519件)。やっぱり貧しい国。

残念ながら在留邦人が大好きなニュージーランドでも、日本人のNZ国籍取得件数は上位10か国に入っていません! これってすごくないですか?(←誰かの書き方みたいですね!)

ニュージーランド統計局(STATSNZ)は1949年から2016年までの国別NZ国籍取得件数も公表している。この間、806,940件のNZ国籍が与えられ、そのうち日本国籍を脱退しNZ国籍を取得した人はわずか1,003件。全体の0.1243%。この中には日・NZの重国籍者も含まれる。ゴミのような数字である。

在留邦人がニュージーランドを絶賛する理由はない。在留邦人はニュージーランド人ではない。在留邦人は日本批判をしてよい。なぜなら、日本国籍を持つ人だから。それなら、ニュージーランドを絶賛する必要もない。在留邦人はニュージーランド人ではないのだから。

在留邦人は自分に自信がない。自信がないから悪口しか言わない。それもわざわざ人のところまで来て悪口を始める。頭がおかしい連中だからまともなことを言っても通じない。「常識」も「倫理」も「規範意識」もない。何もないこと・無知であることがカッコイイと思っている痛いヤツら。在留邦人は知的障害者の集団である。

ニュージーランドの複合文化社会を通した日本と日本人論を構築することが日本人としての自然な流れである。日本人が「ニュージーランドではこうなんです」「ニュージーランドのほうが優れています」と言っても説得力がない。ニュージーランドを絶賛できるのは「ニュージーランド人」だけである。私は、ニュージーランドを絶賛するニュージーランド人に出会ったことはない。

在留邦人がニュージーランドを絶賛しても自信はつかない。自分の自信は自分でつけるものだ。ニュージーランドを絶賛し日本を扱き下ろしたところで自分に自信にはならない。在留邦人はバカ集団なのでこの意味がわからずニュージーランドを絶賛するしか能がない。まともな日本人からすれば「バカじゃねーの」って思う。でもバカだから言われていることが理解できない。この人たちがニュージーランドでは「日本人」と見られているので、ニュージーランドにいる人たちからすると「日本人はバカしかいない」と思われちゃう。印象はとても悪い。

在留邦人は新規の日本人を見つけると日本語が通じるため、日本の悪口が始まりニュージーランドを絶賛する。同じことを英語で外国人には言えない。ここで「そーだよね!」と、目を輝かせる人は何だかんだ理由をつけては滞在許可を延長しニュージーランドに居座る。ニュージーランドに嫌われていても居座る。「そうは思えない」と感じる人は私と同じく離れ二度とニュージーランドには行かない。だから同じタイプの人しか残らない。ポンコツしかいない。顔を見ればわかる。真面目で常識ある人ほどニュージーランドには住めない。不真面目で非常識な人だけが在留邦人として残る。

在留邦人同士の関係も難しく、決して仲は良くない。表面上は仲が良さそうでも「良さそう」なだけで良くはない。フルネームを漢字で書ける人もおらず、現地を離れたらそれまでの付き合いも一切なくなる。しかし、在留邦人は自立できない人たちなので、日本人を見つけると群がって来る。相手は自分が欲しいものを持っているから根こそぎ奪う。外国生活で一番の問題点は現地の人とのやり取りではなく、同じ国の出身者同士の関係である。これは在日外国人を見ればわかる。在日外国人の仲間は日本人ではなく同じ国の出身者であり、在日外国人の敵は日本人ではなく同じ国の出身者なのである。在留邦人は「日本とは比べない」「日本と比べても意味がない」と言いつつ、比べるのは日本。その説明をするのも日本語。在留邦人はバカの集まりだからしゃーないです。

イーストウインドの田中は自分の汚い過去を消すために日本国籍を脱退した。本当は日本にいたくていたくて仕方ない。自分の中から日本を離すことができない。でも自分の汚い過去を消すには日本国籍を脱退するしかない。日本から1万2千キロも離れた僻地にいても日本のことが頭から離れず、ネットにかじりつき、ビデオと本を輸入してでも日本とつながっていたい。選挙権もないのに日本政治を批判する。それ、ニュージーランドに住んでいるって言えるの?出張を理由に2か月に1度日本へ戻るのもこれが理由。日本出張がなくなったら今の分裂病がより悪化する。日本では極貧生活から抜け出せず、クイーンズタウンの中華料理店で皿洗いから始めた自分も日本人を騙すことで家を買え、300ドルで永住権も買え、極貧から抜け出し、息子は知的障害者だけれど中国人と結婚でき、もっと日本人を騙してカネを巻き上げてやると、自分で自分を鼓舞するオナニー三昧。これ、誰かの精神構造と似ていないだろうか。オウム真理教の麻原彰晃と同じ精神構造である。「自分の過去」と「日本社会」を憎んだ麻原の精神と同じである。田中の根源は「逆恨み」と「被害妄想」にある。これは在留邦人全般に通じる根源である。私が在留邦人の大部分が「重度の鬱病と分裂病」と判断する理由はここにある。

せっかくニュージーランドに住んでいるなら、英語で本を読み、ビデオを見ればいいじゃない。私がニュージーランドで高校生をやっていたときは英語でシェイクスピアもドストエフスキーを読んだ。全文英語の原書で読み終えたときの達成感は半端ない。現地生も全文は読めないから。田中は語学力がなく、英語で古典文学なんて読めない。鬱病で分裂病で低脳だから。これは、在留邦人全般に言えることである。

在留邦人は日本国籍を脱退し「地上の楽園ニュージーランド」の国民になればいいのに。ニュージーランドって、そもそも国なのか。ピーター・ジャクソンは「ニュージーランドは小さな国ではない、大きな村だ」と言っている。本当にその通り。ニュージーランドを「大きな村」と考えれば不都合に感じていた部分も理解できる。ここは村だ、村には村のやり方があり、村外からやってきた部外者は口を出せないって考えると納得できる部分が多々あるはず。
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