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民度の低い高円寺 [行ってみた]

高円寺駅前イルミネーション点灯式で杉並学院吹奏楽部が演奏するので高円寺駅前まで行ってみた。
雨の予報だったので当日夕方まで行く予定なし。夕方から晴れたので行ってみた。
昨年あの場所で不快な思いをした。音楽は玄人の表現です。子供や知的障害者は立ち入る必要はない。それが理解できる人だけが来ればいい。音楽は万人受けしない表現です。それは演奏者も聴衆も理解しなくてはいけない。何でも経験させることが良いわけではない。特に知能に障害ある人は。

午後5時の開始に行っても商店組合長や高円寺駅長の長い話につき合いたくなかったので5時過ぎに行って正解である。
高校生の生演奏は聴ける機会が少ないのでいつも楽しい。聴衆の中にいた若い女性たちが「私たちにもあの頃があった」「若さをもらった」と言っていた。私も同感です。
今年度の選曲は同じ曲が多く、阿佐谷ジャズストリートと高円寺フェスで演奏された曲が中心となっているようだ。ここでも日大二高とおなじくマイクが入らず。屋外でのマイク調整は難しいね。

この学校の吹部は演奏終わりが曖昧で、演奏者それぞれが一礼し帰ってしまうことがある。まだ演奏が続くのか、終わったのか、わからないことがある。今日の演奏では部長が演奏者全員を立たせ全員で声を合わせ一礼し終了した。高校生らしい清清しい終わり方が素敵です。誰かが音頭を取り「これにて終了」と合図を出すことは演奏者にも聴衆にも必要である。バトン部とチアリーディング部は必ず全員起立し大きな声でお礼と一礼をして終わる。文化部も運動部も部活の中身はおなじなのだ。

杉並学院の制服はよく見たことがなかったけれど、こちらも日大二高とおなじく、女子は黒いストッキング(かタイツ)を採用したほうが足が長く見えて良いと思う。スカートを折り足を出すと先生に怒られるので、黒いストッキングで足長効果を演出すればスカートを折ることはない。私立校へ通うティーンは美を意識する心も大切である。学校もそれに応じる姿勢が必要である。

この秋は五校の文化祭へ行ったので学校ごとのカラーがつかめた。
せっかく人前で素敵な演奏や演技を披露する機会があるのに、シャツが出たまま、靴下が下がったまま、ボタンが外れたまま、ネクタイが下がったままと、誰かに犯されたわけでもないのに乱れた制服姿のまま壇上に上がる生徒がいる。せっかくのお披露目の場なのだから、シャツは入れる、靴下は上げる、ボタンは掛ける、ネクタイは上げ、女子は髪の毛をまとめてから人前へ出たほうがより素敵に映ります。先輩は後輩の服装を直してあげてから同輩同士で服装を確認し壇上へ上がる。それだけで偏差値は10上がります。客席から見ていると生徒の服装の乱れははっきり見えるので残念に感じることがある。
杉並学院は大きな服装の乱れはないけれど、高校生になったら正装を身にまとう意味を確認してほしい。高校生は存在そのものが輝いているので、きちっとした服装で人前に出て欲しい。乱れた服装のままではもったいない。せっかく素敵な活動を披露しているのに。
高校生も制服、特に上着を着用しているととても素敵です。真夏でも上着を着て欲しい。正装は人に対する礼儀です。クールビズもウォームビズも関係ない。
高いものでなくてもきちっとした服装を着る人は「良い人」に見られる。「良い人」は人を助け、人に助けられます。これは断言できる。

Tシャツ・短パン・サンダルで歩く人を助けたいと思う人はいない。ニュージーランド人のことを言っているわけではない。ニュージーランド人はTシャツ・短パン・裸足だから靴は履かない。どこへでも裸足で出掛ける。それを在留邦人は「ニュージーランドらしい」と言う。何がニュージーランドらしいのか意味がわからない。オーストラリアだってフィジーだって裸足で歩く成人は多い。
2015年5月に私がニュージーランド大使館へ招かれたとき、在留邦人の留学エージェントたちはTシャツと短パンでやって来た。「これがニュージーランド流だから」と言わんばかりの服装である。おまえらはニュージーランド人じゃねーだろ。在留邦人は日本人でも外国人でもない中途半端な人たち。付き合う価値はない。
背広を着ないニュージーランド人が背広を着て来る中で短パンでやって来る在留邦人は理解できない。人に対する礼儀の欠片すらない非常識な態度である。
日本の高校生は在留邦人ではないので、人前ではきちっとした正装で登場して欲しい。

午後6時前にパル商店街入口へ移動。駅前広場での点灯式後はこちらの点灯式に移る。問題はここで起きた。
ファンファーレ→イルミネーション点灯→演奏と進んだ。ここで小さな紙コップにスパークリングワインが振舞われた。
ここは道路を封鎖していないので車・自転車・オートバイが高校生奏者の前を通る。これ、問題あるよ。危ない。
駅前なのでガラの悪い連中も多い。向かいには風俗店と飲み屋がある。私が嫌いな高円寺の一面である。
自転車に乗った男が突っ込んで来たので「そこは通れない」と言ったら「通るつもりないんで」と返答。
何だその口のきき方は? おまえは友達か? 私のタメか?
自転車男は確実に高校生の前を横切るつもりでいた。そうでないとあの狭いパル商店街入口に自転車で乗り入れるわけない。周囲には百名以上の聴衆が群がっている。
しかし私に注意されたので捨て台詞のように反論口撃をしてきた。通らないなら「通りません。演奏を聴いているだけです。」でいいじゃないか。
どうして素直に落ち度を認めず、なんとか言い逃れようとするのだろう。パル商店街入口は封鎖されておらず、あの狭い入口にたくさんの聴衆と演奏者がごった返す中、自転車で乗り入れる人には大きな責任が生じる。
10日以上前から立て看板が設置され点灯式が行われることは事前告知されていた。人通りの多い場所で自転車を押して歩くことは利用者義務である。注意を受けたら素直に聞き入れればいいだけ。あの場では100%自転車男が悪い。なぜ捨て台詞のような反論をするのだろう。
高円寺の民度の低さはここに現れる。高円寺には最低ランクの人間しかいない。
では、自転車男は演奏を聴いていたかと言えば、すぐにその場を立ち去った。初めから演奏なんか聴く気すらないんだよ。あいつは。
高校生にぶつからなくてよかった。私が注意をしていなかったら確実に衝突していた。私は嫌われてもいい。高校生のためなら何でもやるよ。
高円寺パル商店街振興組合には猛省を促したい。このイベントの企画はパル商店街にあり、その責任はパル商店街にある。高校生が怪我をしていたらパル商店街はどう責任をとるのか。

高円寺駅周辺は私の鬼門である。過去には知らない男に殴られそうになったこともある。相手が刃物を持っていたら私は確実に死んでいた。
駅周辺にいる人間はどーしよーもなく民度が低く、低スペックな人間しかいないので滅多に行かないけれど、それでも高校生の演奏には毎回感動するので、どこか別の場所でやって欲しい。もうパル前でやるのは止めよう。あそこは危険すぎる。民度も低い。ガラも悪い、風俗店もあるし汚い連中しかいない。私が行かなければ済む問題ではない。
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