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まだ終わらない [プライベート]

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地下鉄で隣に座った男子小学生がPPAPをずっと歌っていて、うるさくて殴ってやろうかと思った。でも殴らなかった。それには理由がある。
私が小学生を終え一番嬉しかったことは、小学生をやらなくてよいことであった。小学生は小学生らしい言動で、小学生らしい態度とふるまい、小学生らしい服装で喜怒哀楽を表現しなくてはいけない。小学生は世間が思う「小学生らしい小学生」を演じなくてはいけないのだ。ポケモンが嫌いでもポケモンGOをやらなくてはいけない。一見すると自由に見える小学校生活も実際は不自由の連続である。「小学生らしく小学生を演じる小学生」とは、一流俳優並に難しい演技力と表現力が要求される。小学生の私は小学生を演じることが辛かった。この少年も小学生を終えたらPPAPを歌わなくなる。それは中学生になるからではなく「小学生」という演劇が終わるからだ。

先週すこし遠出をした翌日から喉が痛い。家に残っている風邪薬はどれも私に効き目のないものばかりなので「のどが痛い 熱が出た 狙い撃ち!」と、広瀬すずがやっているコンタックEXを買った。 広瀬すずのような美少女に狙い撃ちズキューンされたら風邪なんて一発で治ってしまう。可愛いは正義なのだ。
マヌカハニーで風邪が治れば広瀬すずはいない。しかし広瀬すずはいる。それゆえにマヌカハニーは風邪に効かない。マヌカハニーは不味い。花特有の匂いがあり、私の家に1ボトルあるけれど食べられない。ハチミツは糖度が高すぎて菌が繁殖できず腐らない。冷蔵保存も不要な保存食である。それと美味い不味いは関係ない。
ニュージーランドでハチミツを買うならマヌカハニーではなく、どこにでも売っているクローバーの蜜で作ったクリームハニーというものが日本人の口に合う。キャラメルのような色で透明感がなくクリーム色に濁っている。見た目はよくないけれど味が良い。250gで5ドル程度と価格も安い。ニュージーランド人の伝統的な朝食である。
ハチミツは液体で持ち帰るにはかなり重たいものなので、できれば買わない方がよい。液体を持ち帰ることは想像以上に重たいことを持ち帰ったあとで知る。マヌカハニーは価格く、ケチなニュージーランドの家庭では一般的ではない。ニュージーランド人に「マヌカハニーは知っているか」と聞けば全員が "YES" と答えるけれど、家にあるかと聞けば "NO" と答える。ニュージーランドでもマヌカハニーは特別なハチミツなのだ。その理由は、不味いから。

今月は慶應の講義をやり、自分の仕事をやり、論文を書いて、野良猫の世話をして、ゴミ捨て場の掃除をやった。ゴミ捨て場は変わらず改善の兆候すら見えない。トラックが空き瓶を踏んだらしく粉砕されたガラスが散乱し非常に危険だった。飛び散ったガラスの処理は非常に手間が掛かる。誰も掃除してくれない。いろいろなところに働き掛けているけれど誰も協力しない。その理由は「誰からも感謝されないから」。

しかも強烈に寒い。関東の北風は乾燥したフェーン風並の突風で突き刺さる寒さがある。寒さを超え痛い。ドイツの冬より寒い。飼い猫は私の体の上で寝るので寝返りが打てず腰が張り、腰とつながる首の筋肉も張る。腰痛持ちの人は首と肩も痛いはず。首が痛ければ頚椎がずれ神経を圧迫する。頭も首も肩も腰も痛い。喉も痛い。ついでに左膝も痛い。家に帰りひさしぶりに吐いた。それでも私の2016年はまだ終わらない。

今年は死んだ人が多く、クリスマスカードは数枚しか届いていない。若い人はメールすら使わずSNS投稿で終わり。手紙を書くという習慣が無くなりつつある一方で手紙を欲しがる人が多い。
慶應生を見ると、人付き合いを求めつつ、人付き合いを拒否している。人付き合いが上手くできない人をコミュ障と言っているけれど、それは障害ではない。はじめから人付き合いの上手い人なんていない。初対面の人と上手くやれるのは詐欺師くらいだろう。ほとんどの人の人間関係は上手くいっていない。人間関係とはケチョンケチョンにやられ惨敗するのが通例である。コミュニケーションが取れず、食品アレルギーがあって、酒は飲まないとなれば、新規の人付き合いは非常に難しい。人と人との接点がどんどんなくなっている。人付き合いの難しさには理由がある。
手紙友は付き合う年数が長くなると深い内容が書かれるようになる。驚く内面の開示がある。正直、読むことも、返事を書くことも辛い。どの人にも平等に悩みがある。自分に起きていることは、大体、他の人にも起きていることを、特に若い人は知っておいたほうが人生にはアドバンテージです。つまり、それは、大したことではないのである。
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