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下手クソ英語 [NZの中学・高校・大学]

「キミの英語が下手なのはわかる。だからと言って甘やかさない。」
私がニュージーランドの大学へ入学し最初に言われた言葉だ。
「結構なことだ。厳しく点数をつければいい。」と返答した。
このクラスでは事務連絡の不備から私を含む数人だけ必要書類が提出できなかった。これは担当講師の連絡不備で私たちの責任ではない。担当講師が使用するPC(Mac)と学生用PC(Windows NT)と学内LANの不備が原因。担当講師は謝罪したが担当チューターからの謝罪はなし。
それでも「午前8時までに持って来い」と担当チューターに怒鳴られた。東洋人は常に下に見られる。わかってはいても実際にやられると辛い。チューターは白人学生に優しく東洋人に厳しい。強烈な人種差別を感じた。カフェテリアの外でパカパカ煙草を吹かし雑談しかしていない低スペックなチューターごときに。
バス通学していた私は午前8時に間に合うバスがなく、人に頭を下げ車で送ってもらい午前7時に大学へ行った。午前7時のキャンパスは寒く凍えた。強烈な屈辱を感じた。相手の不手際なのに。アルバイト扱いのチューターなのに。
もうニュージーランドは嫌だと腹の底から思った。胃が痛く出血した。ぜったいに許さない。この気持ちは現在も変わっていない。

「英語上手くなったな。前は何を言っているのかわからなかった。」と高校の美術担当教師に言われた。
この美術教師は在留邦人と同じく頭がおかしく、全生徒に嫌われていた。
"Rate My Teachers" という教員評価サイトを見てもこの美術教師への悪口が凄まじい。「なぜこんなキチガイを雇っているのか」「この教師は頭が良すぎて頭がおかしい」「教員失格」と散々な書き込みが見られる。顔と名前が一致する人なら納得できる書き込みだ。私もこの教師を雇った学校には責任があると思う。
他方、厳しい目で見られる留学生は日本人を除きキチッとした英語を使う生徒が多く、概ねどの科目担当教師からも好評を得た。これは今も変わらない。現地生は文章の書き方が下手でスペル間違いが多い。英語担当教師は現地生のレベルの低さを痛感している。日本人を除く留学生は正しい英語表現をそのまま学ぶため、くだけた表現は使わず、教員が点数をつけやすい模範英語を使う。そのため教員評価が高くなる。これは日本へ留学している留学生も同じ。外国人は日本人以上に正しい日本を使う。
数学の授業で三平方の定理や三角比を空で言えたのは私だけ。現地生は数学能力が突出して低い。自由に伸び伸び育った現地生は基礎学力がない。日本で普通に数学教育を受けた人なら「天才」と称される。日本人留学生は不登校や高校中退した生徒しかおらず勉強をしていない。数学に関しては現地生と変わらない。私は数学の成績が特別良かったわけではないけれど「数学の先生があなたのことを良く言っている」とクラス担任の教師に言われ驚いた。数学は飛び級した。日本の数学教育、すごいぜ。NZの学校で生き残るには数学しかないと思った。この考えは今も正しいと思っている。
大学での成績は上位4%に入り、「おまえ、成績いいからNZで学校の先生になれ」と"Teachers College"(教員養成校)のリクルーターがやってきて3回勧誘を受けた(NZでは大学卒業後、ティーチャーズ・カレッジに就学し教授資格を取得します)。外国人留学生は現地生の3倍近い学費を支払ってくれるのでリクルーターが狙うのは留学生である。
数学のチュートリアル(グループ指導)では、扱う内容があまりに低レベルですぐに飽きた。隣に座った学生が「この問題、わかるか?」と聞いてきたので"Pretty Basic" と答えると"Not for me" と返事をした。このあたりが現地生の平均レベルかと感じた。
NZの医者と話した時「キミはきれいな英語を話す。NZのティーンの英語は酷い。」と言われた。接する人でこんなにも受け止め方がが異なるのかと驚いた。「私の英語は学校では通じないと言われる。」と言うと「通じているから話している。」と言われた。当たり前なやり取りでも学校ではそうはいかない。
在留邦人の多くは大人になってからNZ生活を始めるため、留学生のような厳しい語学評価を受けない。大人から子供への評価基準と、大人同士の評価基準は異なる。最初にこの部分を理解しないといけない。
大人同士は利害関係が発するため面と向かい「あなたの英語はおかしい」と言わない。子供は学校という教育機関で学ぶためおかしければ「おかしい」とはっきり言われる。点数と評価がつき進学に影響する。教員は指導者であり、生徒を指導できる教授資格を持っている。
私も大人になり学校という教育機関で学ぶ機会なくNZに滞在していたら今とは異なる印象をNZに持ったであろう。多くの在留邦人がそうであるように。
私は在留邦人以前に日本人留学生であった。在留邦人と留学生は同じ日本人でも評価が異なる。学校へ行かない在留邦人と学校へ行く留学生の大きく異なる。共通の話題もなければ、受ける評価も異なる。
私は死ぬまでニュージーランドに対する批判を続ける。それは自分が経験してきたことだから。NZを絶賛する邦人は絶賛していればいいと思う。言論の自由は日本にもNZにもある。相手が聴きたくない内容でも人には言う権利がある。
私がNZを良く言うことはない。それは良く言える部分がないから。NZに行けば全ての不満が解消するような発言はできない。NZへ言っても不満は不満のまま、むしろ不満は増える。邦人エージェントが絶賛するようなNZは存在しない。全部嘘。エージェントは嘘つきだから何とでも言える。責任も生じない。嘘をつかないとつながらない商売だからね。
カルロス・ゴーンが話す下手クソな英語をNZの先生が聞いたら総批判するんだろうなと感じながら聞きました。でもカルロス・ゴーンは大人だから大人は大人を批判しません。この部分、在留邦人はしっかり理解しておかないとNZでは生活できない。あなたが思うほど、あなたの英語は通じていない。「通じていない」と言われていないだけです。
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日本人と韓国人 [NZの中学・高校・大学]

韓国の大学受験に関するニュースを見ると「飴」を思い出す。合格に結びつくという意味で「飴」や「餅」を贈る(貼り付ける?)のだろうか。このあたり、東アジア特有のシャレというか、強引な願掛け。お祈りや願掛けで合否が決まるなら、皆、悩まない。受験で失敗する原因は、勉強不足・慢心・思い込みのどれか、または全部。すべて技術論で克服でき、精神論は不要。勉強ができない人ほど精神論を語るのは、どこの国でもおなじか?

ニュージーランドで留学生をやっていたときに、新入生の韓国人留学生にこの話題を振ってみたけれど、見事に無視された。せっかく知り合いを作る切っ掛けなのに。ニュージーランドで成功するには、1に人脈、2に人脈、100も人脈、永遠に人脈です。正確には人脈の前の口コミが重要。良い口コミは良い人脈が運ぶので、悪い人間関係では流れて来ない。頑張っても150年の歴史しかない。2700年の歴史を持つ日本とは違う。普段の行いが生む人脈が重要ということです。

東アジアの留学生はウェットな人間関係を好むため、信頼関係がないと話が続かない。こちらが話を振ってあげてもソッポを向く。すげー面倒臭い。ニュージーランド人が発音で人を見るように、東アジアの民族は信頼で人を判断する。信頼ができるとカネ貸して、保証人になって、妹を迎えに行ってあげてと図々しい態度をとるがこれが信頼形成できた証。
韓国人留学生は、徴兵や受験で逃げてくる生徒が多いけれど、その割に、しっかり勉強している生徒は少ない。ときどき猛烈に勉強をしている留学生がいるけれど、その人たちはアメリカかイギリスの有名大学へ進学希望をしている。ニュージーランドの大学を出ても就職も進学もできないからそうなるね。
日本人と韓国人留学生には二度と接したくない。留学生は苦痛でしかない。

タイ人留学生の面倒を見ていたエージェントから、よく挨拶をされた。私がタイ人留学生と雑談している場面を目にしたからだとおもう。とても感じが良く、こちらも丁寧に挨拶を返した。これが人間関係です。
タイ人留学生を面倒見ていたエージェントはもの凄く厳しく、留学生を立たせ一列に並べ、説教をし、檄を飛ばす。エージェントはタイ語を話すけれど、留学生がタイ語を話すことは禁止。軍隊式のいつもの光景。留学生本人もエージェントが怖いと言ってたけれど、カネをもらい人の面倒を見る職業としては当然のこと。特にタイ人留学生は金持ちしかいないので、鼻っ柱をヘシ折るくらいの態度で臨まないと調子に乗る。タイ人留学生のエージェントは正しい指導をしていた。あのエージェントの留学生は日本人や韓国人留学生とは異なり、進学資格を取得し卒業したでしょう。そうでないと鉄拳制裁を食らう。駐留タイ軍の伝統。

日本人エージェントは当時もポンコツしかおらず、現在もポンコツしかいない。ポンコツのDNAは顕在です。おなじ学校へ通っていれば自分が面倒を見ていない日本人留学生でも知っているのに、挨拶なし。挨拶くらいしてもいいのに。カネをもらわないと挨拶もしない。挨拶って人間関係を良好にする潤滑油のようなものなのに。嫌な人間関係だね。これが邦人社会の姿。在留邦人お得意の「これがニュージーランドのやり方だから」って言って逃げるだろうけれど、そんなやり方、さすがにニュージーランドにもない。
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自由の国の自ら考える行動? [NZの中学・高校・大学]

今日は大学。予定していたことが思い通りに進まずモンモンとした気持ち。これは先週から続いているけれど、私の責任ではない。自分の予定は完璧にこなしている。おかしいのは周りの環境です。
十月半ばなので卒論のタイトルが出始めた。タイトルだけ見せてもらったけれど、これが日本を代表する超有名大学生が最後に出す論文タイトルかと愕然とした。大部分の学生は最初で最後の執筆論文となる卒論をこれで終わらせていいのだろうか。大きな疑問。指導教員が何も言わなければいいんじゃないっすか。私が指導教員なら破ってゴミ箱行きです。
大学人には学生と一緒に遊んでいる人もいれば、雑談に応じない大学人もいて、おなじ大学人でも人間関係に大きな差がある。私は学生に対しアン・フレンドリーな教員の方が良い。学生は教員ではないし、教員は学生ではないからフレンドリーな人間関係は必要ない。これは小中高大どの学年でもおなじ。決まったことを決まった日までにやれば十分。学問で一番の達成感は人間関係ではなく業績である。業績が良ければ必然と人間関係は良くなる。いつまでも教員と仲良し学生って気持ち悪い。オェェェェー。
でも日本人は先生が大好きで、学生は人間関係に充実感を求めている。そんなものを大学に求めるだけムダです。大学は人間関係の充実感を満たす場ではなく、学問の場だからです。
大学生の卒業制作って一番パワーがない。やる気がない。提出しないと留年なのでギリギリ出しましたという作品ばかりで、これに付き合わないといけない専任教員は地獄だとおもう。人間の頭がクリアーな時間は多くない。いつかやろうとおもうなら、いまやれよ。人間は瞬間にしか生きられない。いつかはない。あのときもない。
卒業作品のレベルは高校>大学院>大学部の順番。本当に大学生って接しても楽しくも何ともおもわない。若くて元気でそこそこカネも持っていて膨大な暇な時間があるので雑談するには楽しい。でもそれだけ。これは私が大学生だったときに感じたことなので確実です。

ニュージーランドの学校に通えば自分で考え、行動する人間になると力説する在留邦人が多くいるが、ニュージーランドの学校だって型にはまった定型的なことしかおしえず、型からはずれた回答には点数がつきません。「あなたはどうおもうか?」「こうおもう」と回答したら0点(NZはパーセンテージ表示なので0%と評点がつく)。「こうおもう」には模範例があり、模範解答外は0%。宗教学の授業でも自由回答に点数がつくことはない。自由回答に点数がついたらそれは学校で行う学問ではありません。教会の聖書研究会でも自由な発言をしたら「違います」とはっきり修正を命じられます。回答にはすべて模範例が存在する。模範例にどこまで近い回答か、離れた回答かで点数がつく。NZの高校と大学に通った私が言うことなので確実です。型からはずれたことを教授資格を持つ教員がおしえればそれは指導ではない。
在留邦人が言う「自由の国ニュージーランド」「自ら考えるニュージーランドの教育」って底辺校の教授スタイルです。底辺校は自由だし、進路も生徒にまかせています。底辺校の生徒は16歳の誕生日に中退するので(*NZの義務教育は16歳の誕生日で修了)、先生も生徒と一緒に朝からバスケやって遊んでます。教員会議のある日は休校です。みんな16歳で辞めるのでおしえることがない。おしえたってどーせ理解できない。教員が賃上げを求めストライキに参加するのも底辺校の特徴です。給与が上がらないからやーめたって辞めちゃう先生がNZにはたくさんいます。徹底した個人主義とそれに伴う柔軟な労働市場。自由で自ら判断し動く国ですからね。底辺校の生徒は16歳で中退し女は妊娠します。底辺校だと13歳くらいで妊娠する子が普通にいますが、学校が親に内緒で中絶手術を行うこともある。さすが自由で自ら動く国ですね。もちろん中絶費用は国が出すので無料です。教員には守秘義務があるので中絶の事実を親に伝える必要はない。娘が妊娠し中絶したことを知らない母親がたくさんいる。
NZにも有名私立校がありますが、なぜ私立校に通わせる家庭があるのか考えればその存在価値がわかるでしょう。
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学生服の色 [NZの中学・高校・大学]

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クライストチャーチにあるランギ・ルルという女子高の学生服だけれど、このデザインは学生服として完璧だとおもう。日本の学生服のようなオシャレ感はゼロだけれど、プレスビテリアンの学校なのでタータンチャック柄制服を採用し、紺色で中高生らしい清潔感ある色使い、金色で縁取りされたブレザーを着てる生徒は最上級生で日本で言う高校3年生だけのブレザーだけれど、この金色が紺色の挿し色となり紺色を引き締めている。この学生服を採用した学校は挿し色など考えてもいないとおもうけれど、全体としてのバランスがとてもよい。私がNZのデザインで誉めることはないけれど、この学生服は例外です。日本へ持ち込んだら不評を買うとおもいますが。
タータンチェックはプレスビテリアンの学校で帰属性を意味する重要な柄です。ギンガムチェックとは異なります。

胸元周辺に付いているバッジのようなものはバッジです。これはスポーツやボランティア活動で表彰されると貰えます。理科室の掃除担当とか音楽室の楽器庫の管理、図書館の書棚管理を担当する生徒も貰えます。役職バッジみたいなものです。スポーツで表彰される生徒はブレザーに直接縫い付けるワッペン型を貰うときもあります。"Volleyball" と記載されていればバレーボールで良い成績を残し表彰された生徒だとわかります。このバッジ数で学内外での貢献度がわかります。何もしていない生徒は1つも持っていません。留学生は1つも持っていない生徒がほとんどです。
私もいくつか貰いましたが、バッジはプラスチック製で引っかかるため付けず、ポケットに入れたままでした。引っ掛けるとすぐ外れるので、学内を歩いているとよく落ちています。

このバッジは軍人が貰う勲章やメダルの名残り制度だとおもいます。軍に従軍すると社会功績として勲章やメダルを貰うので、その生徒版だとおもえば間違いないです。軍人(元軍人を含む)は正装に国から貰った勲章やメダルを付けます。

最上級生を意味する金色のリボンはバレンタインズという日本のデパートの千分の一くらいしかないクライストチャーチ唯一のデパートにある洋裁売り場で2mくらい買い自分で縫いつけます。4時間くらい掛けて自分で縫いました。NZの女性は縫い物嫌いな人が多く、縫い物を始めると頭が痛くなると不思議な持病を持つ人が多くいます。年配女性を除くとほとんどの人は縫い物も編み物もしません。これは学校で教わっていないからだとおもいます。日本では男子を含め家庭科の時間に教わるので最低限の裁縫はできます。NZでは女性を含め、まったく裁縫のできない人がほとんどです。そのため人に裁縫を頼むと、とんでもない状態になってしまいます。とても怖いので人にやってもらうことは考えず自力でやりました。NZでの洋裁は自力でやります。どんなに下手な日本人でもNZ人より上手くできます。

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こちらは Cathedral College の学生服で、この学生服が着たいのでこの学校へ進学するという日本人留学生がいました。オシャレが存在しないNZでは、制服人気で進路を決める生徒は1人もいませんが、日本人留学生にオシャレは死活問題です。ダサイ制服の学校に進学する日本人留学生は1人もいません。日本人はどこの国でもオシャレを優先するので、ときに、それが問題となります。でもその苦情が問題を起こした生徒ではなく、問題を起こしていない私のような留学生に伝わり、苦情処理のようなことをさせられることが多々ありました。教員からすると言ってもわからない生徒に言うより、言ったらわかる生徒に言いたいのだとおもいます。「それっておかしくね?」とは判断されません。この状況は現在も変わっていないとおもいます。

カトリック校で「赤」は司祭を意味する位の高い色なので頻繁に使われます。NZの学校は「自由」「フレンドリー」「堅苦しくない」とはならず、すべて階層ごとに意味があります。赤は殉教者を意味する色でカトリック教では神聖な色として扱われますが、学校では殉教者の色として考えていないとおもいます。興味のある人はカトリック校での色の扱いについて先生に聞いてみてください。たぶん、答えられません。
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日本の学校 vs 海外の学校 [NZの中学・高校・大学]

杉並学院の杉学祭に行きたかったよ。Instagram見てるよ。日本の文化祭超楽しそうではないか。
日本の高校生は学校滞在時間が長く、同輩同士のぶつかりも激しい。これは教員もおなじだとおもうけれど、生きもの同士が接するとぶつかる確率も高くなります。野良猫が集まるとすぐにケンカが始まるのでおなじ原理です。海外の学校だと校内行事はほとんどなく、活動があっても週1回1時間、それも昼食時間とかに行うので、それ以外の時間に行う活動は教員ボランティアです。有給活動ではないと動く教員はほぼおらず、何か企画しても「それ、カネでるの?」「出ないならやらない」が決まり文句。日本の学校で何か行うのにお金の話が出たら場が引くのでありえない。これを在留邦人が説明すると「だからブラック企業は存在せず、すべてが契約で決まり、問題は司法判断にまかせます!」とリッパな答えになる。
この環境なのでしっかりやらせる親は個人教授を頼み、スポーツは有料制クラブチームに入れます。つまり、金持ちしか出世ができない圧倒的格差社会。日本の家庭にはピアノや楽器演奏できる子が普通にいるけれど、海外だとほぼいない。親が音楽に理解ある家庭でないと個人教授はつけないから。
日本人のパフォーマンスレベルは非常に高いので、何もしないは大損です。ほとんどの人は学校で習ったことだけでパフォーマンスを維持できるので、わざわざ海外に行く必要はありません。
イタリアの美術大学へ留学している日本人留学生が日本の美大レベルを絶賛していた。イタリアだと雨漏りする校舎や床の剥がれた教室は当たり前なので、日本の美大ってすごいよねと言っている。私もそうおもう。20人しか入らない教室に30人入れたりすることは当たり前なので、朝から早く登校し自分の席を確保しないと授業が受けられない。日本の学校で20人教室に30人入れることはない。
海外の学校って本当にボロボロだから半分壊れた校舎を使っている学校なんて普通。日本の学校は教員と生徒の比率も設備規定も明確に決まっているので、半分壊れた校舎で授業はできません。先生が授業をサボって遊びに行ってしまうこともありません。海外だと不良教員は普通にいるし、労働組合の権限が強いから、しっかりやる子は個人教授の先生に習います。個人教授の先生たちに労働組合はありません。

NZの大学へ同窓会を辞めますと連絡を入れてから、さすが自由な国の自由な大学です、返事が来るのに18日掛かりました。18日で返事が来たのですごく早い返信ですよね。驚きです、こんなに早く返信が来るなんて!こちらはすっかり何の返信だか忘れていました。
東京開催の同窓会は新聞に載せ同窓生を集めるようです。全国紙だけで5つもある日本で本当にそんなやり方で同窓生が集まるのか大きな疑問です。クライストチャーチみたいに "the Press" 1紙だけの土地とは違うのに。同窓生の皆さんは新聞で確認してください。私は新聞を取っていないので知ることはありません。
ニュージーランドの学校は東京圏では支持が得られないので、北海道か、関西圏に行くしかありません。ニュージーランドには関西圏から来ている人が多く、研究者だと北海道へ行くことが多いからです。それでもNZ航空は大阪路線から撤退したので関西圏の人はNZ航空にカネを落とさないんだろうね。カネが落ちていれば撤退はないから。このあたりの諸事情についてはNZ航空の営業マンに聞いたけれど「円高だから撤退した」なんてヒトコトも言っていなかった。日刊なんとかライフの人はお花畑にいますね。
私の人生で唯一の失敗点は、NZの大学へ進学したことです。こんな役立たずの大学へカネを落としたことが大きな失敗です。これは自分のミスですが大学進学へ二年間の準備期間を持ち行ったことなので完全に自分のミスです。大学の責任ではありません。
大学教員と大学職員は別の人なので、職員がおいしい話を持ってきても信用してはいけません。点数をつけるのは大学教員なので、優先すべきは大学教員です。大学職員は非常にレベルが低く、日本の中学生より低スペックです。外国人職員の中にはハイスペックな人材が時々いますが、財政状況が悪化すると最初にクビになるのは外国人職員です。外国人は最初から最後まで不利です。
労働市場が柔軟なため転職が多く、カンタベリー大学からリンカーン大学職員への転職なんてザラです。つまりどこへ行ってもおなじ人がいる。むかし、カントリーワイドという銀行があり、私はその銀行とANZという銀行の2つの口座を持っていましたが、カントリーワイドに行った翌週にANZに行ったらおなじ銀行員が働いていたので双子かとおもいました。でもサインもおなじだったので聞いてみたら転職したということ。ちなみに、銀行支店も向かい側にあり、通勤時間もおなじとのこと。そりゃそうです。向かい側の別銀行勤務ですから。小さな国の柔軟な労働市場ではどこへ行っても知り合いがいます。これは都合が良く、悪くもあります。とりわけお金の取引に関してはすべて知られてしまいます。
在日外国人でも上級職に就く人はハイスペックです。ハイスペックな人材しか採用されないからです。勤勉・勤労・法令順守で、日本にいるにはもったいない人材ばかりです。海外で優秀な人材と出会いたい人は、外国人との交流を活発に行うべきです。現地の人に優秀な人材がいないからです。
在留邦人は日本人でも外国人でもないので、交流を持ってはいけません。騙され捨てられるだけです。日本人を騙すのは日本人です。
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ニュージーランド留学フェア [NZの中学・高校・大学]

10月11日に、六本木ヒルズでニュージーランド留学フェアが開催される。
この催しについては4月に知らされていたけれど、私は行かないので関係ありません。
少しずつ詳細がわかるようになってきたら、事前予約制になっている。
この手の催しは予約不要・入退場自由な形を採用したほうが来場者には都合がよい。何か予約制にしないと都合の悪いことがあるのだろうか。
参加校名簿を見ると "Auckland Grammar School" と"Christchurch Boys' High School" の二大有名校のリクルーターも来日するようだ。"Darfield High School" ってすごい田舎にある学校も来るのかい。
オークランド・グラマーや、ボーイズ・ハイのような有名校は何を目的に来日し、留学生を集めるのだろう。現地で入学希望の生徒は多くいるはずだし、財政的にも困っていないのだから来日理由が不明。数名の日本人留学生を入学させたところで財政的にプラスになるとは考えにくい。ラグビーと語学留学を組み合わせた新しい留学プログラムを安倍・キー政権で作ったので、その宣伝目的だろうか。それなりに事情があるとおもうけれど、有名校の来日目的はまったく理解できない。留学生を勧誘するなら中国か韓国でやったほうがぜったいに得である。それからタイ・マレーシア・インドネシア。NZはルック・東アジアから、ルック・南アジアへシフトすべき。NZは東アジアでは影響力が持てない。

来日大学名にカンタベリー大学が入っている。カンタベリー大学は地震の影響で私費留学生数が激減し、大学財政に影響を与えているので日本でのリクルート活動を行う理由はわかる。カンタベリー大学を卒業しても日本では進学も就職もできないから止めたほうがいいとおもいます。日本でカンタベリー大学の知名度なんてないから。リクルーターの多くは地名度についてよく知っている。

私の経験上、カンタベリー大学はNZの大学の中で最も留学生の受け入れに消極的で、永住資格を持つ在NZ外国人学生を除くと、私費留学生数は最小なはず。留学生でも入学条件を満たしていれば入学はできるけれど、そもそも外国人学生を積極採用していない。説明会も行わず、担当者も誰だかわからない。カンタベリー大学は最も消極的な大学としか表現できない。

私がカンタベリー大学の外国人留学生用入学願書をもらいに行ったとき、まだ印刷が終わっていないので刷りあがったら郵送すると言われ、当時の留学生担当職員の "Jonathan Carson" というメガネをかけたハゲ頭のオッサンに個人情報を伝え、Carson氏自ら目の前にあるコンピューターに登録、「よし、これでオマエの家に入学願書が届くぞ」と言われたので待っていると、いつまで経っても届かない。2ヵ月後にカンタベリー大学へ乗り込み、願書はどーなったと聞くと、「オマエの住所も名前も登録されていないから届くわけない」と言われ、2ヶ月前にここで住所と名前の登録をした、自分で打ち込んでいたではないかと言っても「オマエの住所も名前も登録されていない」の繰り返し。あー、この大学もポンコツかとおもった。
Carson氏に言っても無駄なので "Registry" へ直接行き願書を、それも2通もらってきました。NZでは常に「予備」が必要です。その後もポンコツ大学の手続きではポンコツが続き、「入学資料が紛失したので再度送れ」「学費支払いの氏名が記載されていない」とか色々ありました。メールアドレスは持っていたけれど、いまほどネット環境が安定していなかったので、メールもどこかで消えたり色々あった。

入学した大学でもレポート提出をメールに添付し担当講師宛に直接送る方式を採用していたけれど、学内LANが貧弱で、レポートが送信できた学生とできない学生に分かれてしまい、最後は印刷したレポートを直接手渡しする旧来式に戻った。ネット環境意味なし。NZ人って新しい物好きの割りに、新しい仕組みが不安手なときから本採用するので、上手くいく人といなかない人に分かれる。これがNZ流なのか?
担当講師からのメール連絡が届かず発表準備はできず、クラス全員の前で怒られたこともあったし、相手の不備でなぜゆえに私が怒られるのか意味不明だった。しかも翌日の午前8時までに課題を出せとか、他の学生が2週間も準備期間がある中、私と他数名の学生だけが15時間で準備をしなくてはならず、本当にNZの大学には悪い印象しか残っていない。

日本の大学運営が比較的うまくいっている背景に、専任教員と事務職員との給与差がほとんどないことがあげられる。専任教員にとっては給与減になるけれど、給与格差がないため、事務職員が教員の言うことを聞く。事務職員がコキ使われていると感じないため教員と職員の意思疎通が取れており、学生勧誘もうまく進む。NZの大学は専任教員の給与は高く、職位も保障される一方で、大学職員の給与は平均かそれ以下で職位の保障もない。そのため離職率が高く、常に新しい職員を採用している。薄給でも良いと採用される人材はそれなりの人物なので使えない。他方、外国人職員は不安定な雇用条件にあるため、緊張感を持ち職務を遂行している。そのため不備が少なく、言ってことをキチッと行う。しかし最初にクビになるのは外国人職員である。
大学財政の悪化は職員数減に直結する。当然、事務職員が専任教員の言うことを聞くわけない。職員組合の意見だけを聞くことになる(NZの労働組合は業種別労働組合制です)。

私がNZの大学やカンタベリー大学批判を繰り返しても当時の事務職員は全員退職か解雇されているので意味がない。
上席講師(准教授級)より上の職位の学者は定年まで勤務できるので残っているけれど、副手や助手採用の人は任期切れと同時にどこかへ消える。副主とか助手だった人は出生の道がない。大学は出世しない学者は解雇なので出生の道がない副主・助手は退職しかない。それだからポストに就いている間はもの凄く威張り、学生はゴミ以下の扱いをされる。これは日本の大学でもおなじです。
気になる人は自分が直接入学してみて、その評価を探ったほうが確実です。大学文化は二十年や三十年では変わらないので、いまも昔も大きな変化はありません。大学には自治権がありますから外部の介入が難しいのが現実です。そのまえにNZの大学なんかに入学する人はいないとおもいます。卒業しても就職も進学もできないから。
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学校見学会 [NZの中学・高校・大学]

九月からの二学期に向け、学校行事の予定が詰まりだした。
どの学校も最大の稼ぎである受験生獲得に向け本格的に動き出すのは夏休みから。二学期に受験生をひきつけ、三学期の受験につなげる。

ニュージーランドに住んでいたころ、学校見学は五月から七月と決まっていた。ニュージーランドの学校は午後7時ごろから午後9時すぎまで、学校見学会を行う。理由は勤めを終えた親が子供と見学に来られる時間がこの時間帯だから。よく考えられた時間帯だとおもう。
私も夜の見学会に参加し、志望校を決め、十月に書類審査と面接を受け合格した。
書類審査では良いことが書かれていたようで、当時の先生が英文作成について高い評価をしてくれたことが合格の決め手だったおもう。毎日4時間分くらいの宿題を出され、チマチマやったことはいまでもよく覚えている。毎日A4一枚分の日記を書かされ、添削され、即戻ってきた。毎日の日記なので家庭内のことしか書くことがなく、渡る世間は鬼ばかりみたいな内容を書いて提出した。「あなたの書く内容は興味深い」とコメントが付き戻ってきた。私は興味深い内容は書いていないけれど、女性の先生は人の家の家庭事情が興味深いと感じるのだろうか。
人間は成長すべき年齢で徹底的にしごかれないとダメだ。NZ流の緩さに慣れてしまうと、最後の一手で負ける。ここは落としてはいけないと瞬間的に判断できるようになるには、場数を踏む日々の練習が必要。NZでは質的にも量的にも足らない。

面接では当時の学校長と一対一で20分くらい話した。一対一の20分は長い。ニコリともしない官僚的な学校長だった。ニュージーランド人はフレンドリーとかノリが良いという人がいるけれど、私はそういうNZ人に出会ったことがない。
面接内容は家族のことを聞かれた。いまおもえば、初対面の人と共通の話題は限定的だから家族や学校の話題しか聞くことがない。私も面接官なら、家族・学校・天気のことしか聞かない。ゴミ掃除や野良猫の皮膚炎の話とかされても困る。
面接は場数さえ踏めば失敗はないから成功もない。失敗する人が出るのを待つだけ。受験で事前に準備できるのは面接だけだろう。
現状の学校見学会は特定の日時開催より、通年見学に変わっているので、夜の学校見学会は行われていないかもしれない。これは日本の学校もおなじ。それだけ学校は受験生の獲得が難しくなっている証です。学校主体では受験してもらえない。

夜に学校へ行く機会がないため、夜の学校見学会は楽しかった。自分が学校の生徒となり、受験生に魅力を伝えることも楽しかった。真冬で真っ暗な学内に煌々と明かりが灯る姿は美しかった。一般道だけでは駐車場が足らず(NZでは住宅街の一般道は路上駐車可能)、運動場が即席駐車場になった。駐車案内も生徒が担当し、上手く誘導していた。このあたり、NZの生徒は幼少期から人前で発表する練習を積んでいるだけあり、物怖じせず淡々とこなす。奉仕の精神も高い。留学生は学校の仕事を何もせず、文句ばかり言っている生徒が多かった。特に日本人留学生はまったく手伝わない。これはいまも変わっていないとおもう。

私は日本語科の教室を担当し、日本語ワープロで来室者の名前を漢字で印字し記念に配った。外国人の名前を漢字の当て字に直すため、けっこう難しい。バージニア(女性名)とかルカ(男性名)とか漢字ないからね。名前を聞くとスペルを言ってくる人が多く、漢字にスペルは関係ないと言っても通じない。おなじ日本語科の生徒と「どの漢字にする?」と相談ばかりで、けっこう手間取った。いい加減に変換すると先生に怒られるし、遅いと自分の名前は日本語にできないのかと聞かれるしマジ困った。
このサービスは意外にも高評価で皆よろこんで自分の漢字名を持ち帰った。高評価なのを知っているから先生が準備したわけだが、あの先生、いまおもうとすごい人だな。

合唱クラブもやっていたので学内ホールで歌を披露した。これはNZでは珍しく十分に練習を行い披露したので、自分でも満足度が高かった。合唱クラブも留学生の参加はなく、私以外にはいなかった。全般的にアジア系生徒は内向的なのか、現地で生まれ育ったアジア系NZ人でも参加率が低い。これは学生オーケストラも同じ傾向。
他方、楽器の個人教授を受けているアジア系生徒は多く、訳が分からない。演奏ができるのに人前で演奏しない。隠れて演奏するのだろうか。

日本の中学・高校では防犯上の理由から文化祭の参加にチケット制を導入する学校が多く、これは在校生からチケットを貰わないと校内に入れない。例外的に受験生はチケットなしで入れるが、受け付けで氏名と住所を書く必要がある。この氏名と住所が学校の財産になる。
文化祭にフリーで入れる学校は本当に少ない。
文化祭を一般公開すると盗撮者が入り女子生徒を盗み撮りする。田代まさしみたいな野郎がウロウロしているからです。
学外者が問題を起こしたときはチケットを確認すれば、チケット裏には在校生の氏名が印字されているので、どのような経緯で学外者が侵入したのか突き止めることができる。連帯責任で招いた生徒も処分を受けるため、在校生も問題ある人へチケットを渡さない。合理的な仕組み。
それゆえに、私が行きたいとおもっている高校の演奏会も見られません。在校生に知り合いがおらず、受験生でもないから。学校を守る活動に敬意を表し成功の念だけ飛ばしておきます。
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教員評価 [NZの中学・高校・大学]

Rate My Teachers.com というサイトがある。
http://nz.ratemyteachers.com/

このサイト、登録国から学校検索をすると、教員評価が見られ、評価をつけることができる。
クチコミサイトとおなじ仕組みなので信憑性は不確かでも、知っている教員名の評価を見ると、私の評価とほぼおなじ。良い教員には良い評価とコメントがつき、そうでない教員にはそうでない評価とコメントがついている。顔と名前が一致する教員には、おもわずうなずいてしまう。偏屈な教員、指導力の低い教員には強烈な批判が書き込まれている。宿題量が多くても生徒思いの教員には高評価がついている。

これ、日本でやったら教職員組合が名誉毀損(Defamation)で訴えを起こすかもしれない。海外では名誉毀損に該当しないのだろうか。名誉毀損は虚偽の報告が前提になっているため、書き込まれた内容が正当な報告なら名誉が毀損されたとはならない。つまり、書き込まれた内容は正当な評価なのか。このサイトは実名評価のため、2ちゃんねるのような低スペックなサイトとはレベルが異なる。

このサイトに、ある日本人教員の評価がついている。この評価がとてつもなく低い。
「英語を話しているのだろうけれど日本語にしか聞こえない」「能力は高いが教員としては落第」「英語を話す教員クラスに替えたい」。
同様に中国人の数学教員の評価も低い。「何を言っているのか理解できない」「自習で済ませた」「コイツを採用した学校が悪い」。
これ、理系教員の評価だから文系担当教員だったらもっと叩かれるだろう。文系教員ならその前に採用されないかな。
でも、日本人・中国人教員の名が登録されるだけまだマシかもしれない。多くのアジア系教員は名前の登録がされていない。つまり、無視された存在になっている。無視というか、存在が認識されていないとするほうが適切だとおもう。

私がNZの大学に在籍したとき、当時の教員養成校のリクルーターがやってきて、キミは成績が良いからNZで教員にならないかと勧誘を数回受けた。NZで教員になるには大学とは別の教員養成校へ通い就学する必要がある。日本の教職課程は専攻課程と併設して行うが、NZでは教員養成校(現在は教育学部へ再編)での就学となる。
教員になるつもりはない、永住権も持っていないと答えたら、それは残念だと言って帰った。どうして私の名前と成績を知っていたのか今でも不明だけれど、講義室に行ったら既に待っていたので、どこからか情報を得ていたということだろう。新聞の勧誘みたいなものだろう。
留学生は高額な学費を落としてくれる上得意顧客のため色々な勧誘を受けた。実際、教員養成校で教授資格が取れるのか、就職ができるのかまではリクルート担当とは関係がない。リクルーターは学生を入学させるまでが仕事でその後は関与しない。このあたりの事情も上手く読み解かないと、リクルーターの口車に乗っかり失敗する留学生が多い。

教員評価はどの国でも大体おなじ。日本の学校でも人気ある先生は誰からも好かれる。これは宿題が少ないというチープな評価ではない。生徒と真剣に向き合うか否かだろう。実際に厳しい指導をする教員にも高評価がついている。

私がNZの高校を卒業したのが二十年近く前なので、当時教職に就いていた多くの教員が定年退職を迎えている。まだ数名は現役教員なので顔と名前が一致する。
NZの公立校は教員の定期異動がなく、公立校でも新卒採用以降、定年まで勤める教員がいる。私立校ではその比率がより高くなる。理由は私立校は建学理念として宗教指導を行う必要性があるため。私立校の特徴は、卒業生が教員として母校へ戻り、後輩指導を担当する。これは日本の私立校もおなじ傾向。素晴らしき私学の伝統。

NZの学校では教員の内部昇格はほぼなく、要職は一般公募になる。内部教員も一般公募で応募することになる。要職へ就くには、学歴と職歴・教員歴が必要。学歴としては修士以上の学位が必要。そのため四十代で大学院へ入学し修士の学位を取得する教員は珍しくない。個人の努力と周りの支援が必要となる。
上級職への応募の際、ここでも質の高い推薦状が必要となるため、一般教員として勤務する中でどれだけ周りの支持を勝ち取るかが重要になる。全てが戦略的に動く。あの先生は良い人ねと言われるオフレコ程度では要職に就けない。

日本社会は勤務歴とキャリア形成が平行する年功序列のため、内部事情に精通した人物の昇格が優先される。日本社会にはこの形が適しているとおもう。カルロス・ゴーンみたいなのがいきなりやって来たら周りは引くからね。カルロス・ゴーンはガイジンだから通るけれど、日本人のときはどうだろう。ギリギリ外資または外国人の持ち株率が高い企業ならまだしも、一般的な日本企業で外国人上司は通るだろうか。
日本社会はどこまでも平等社会。誰にでもチャンスがある。

Youtubeで出身校の動画を見ると、顔と名前の一致する教員がインタビューに答えている。私の出身校では未婚教員が多く、現在でも未婚教員が多いとおもう。理由は不明。既婚教員は転校してしまうので、未婚教員しか残らないのかな。
未婚教員は二十年経ってもあまり変わらぬルックスのまま。未婚教員は体型が変わらない(?)ためか、二十年前とほぼおなじ。
既婚教員は、自分の子を勤務先の学校へ通わせることが多く、これは日本の私立校でも時々見られる。同輩の親が自分の先生ということがよくある。既婚教員で子持ちの人は、ジジイ・ババアになったなとおもう。
私がわかるだけで、同輩から二人、後輩からニ人が出身校で教壇に立っている。
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関数電卓 [NZの中学・高校・大学]

ニュージーランドの学校で数学を勉強するときに関数電卓を使います。
Year 9(9年生=中学2年生)から必要です。
現在使用されている関数電卓は2種類。

medium_image.png
Fx82-AU Plus II Scientific

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Graphic Fx9750GII

fx82AUが$22くらい、fx9750GIIが$130。

基本的に学校で買います。そのほうが少し安いとおもいます。または担当の数学科教員から買います。学校には在庫があるからです。

日本人留学生は、数学の授業で電卓を使うとおもわないので驚きます。私も驚きました。
NZ人は暗算ができないので何でも電卓でやります。電卓で計算しても答えが違っていますが。
計算機は韓国語でも計算機と言うようです。韓国人留学生におそわりました。

fx82AUは日本でfx-375ES(生産完了)として1500円くらいで、fx9750GIIは
fx-995ES(生産完了)として5100円くらいで販売されています。後続機もだいたいおなじ値段です。

2612.jpg

左がfx-82LB 右がfx-570W

画像の関数電卓は私の計算機です。左のfx-82LBはニュージーランドの学校で$20で買いました。二十年以上前の関数電卓です。単三乾電池2本入りなので重たいです。何回も落としたのにいまだに現役でちゃんと動きます。さすがカシオ製品。落としたときにパネルが外れましたが自力で直しました。

右のfx-570Wは日本の大学に入ったときに買った関数電卓です。こちらも十五年以上前の機種です。ボタン電池式でいまでもちゃんと動きます。

関数電卓は非常に便利ですが、学校を出てしまうとほとんど使う機会がありません。設計をやる人でもないと関数電卓は必要ありません。
日本には電卓マニアが多く、新機種が出ると買う人がかなりの数います。日本はすべてにおいてオタクの国です。

fx-82LBは数学より会計学のクラスでよく使いました。日本でも簿記を勉強する人は電卓を使うように、会計学でも電卓は必需品です。電卓がないと進まない授業です。いまでもだいたいのボタンの意味がわかります。指数関数(Exponential function)と対数関数(Logarithm)くらいならボタン位置を見なくても操作できます。体で覚えた感覚は驚くほどよく覚えています。

fx-570Wは大学の統計学クラスで使用した以外にあまり使った記憶がありません。代数学のクラスは電卓を使わないため(紙に書いて計算します)、説明書を読まないとほとんど使い方がわかりません。この電卓は長い計算が可能なので、古本屋に本を売ったときの計算に使っています。いまではそのくらいしか使い道がありません。本来は、膨大な統計指数を入力すると何でも計算してくれる優れものです。

ニュージーランドの学校では数学公式が印刷された用紙がテスト前に配布されるので、公式を覚える必要がありません。といっても、テスト前の勉強で概ねほとんどは覚えてしまいます。日本の数学より楽な部分です。
日本人留学生は数学と物理で点数が稼げるので、数学と物理は履修すべきです。アジア系の生徒はこのニ教科でトップに君臨します。他の教科、特に文字をたくさん書く歴史や古典ではほとんど点数が取れないので「キミはバカだからもっとレベルの低い学校へ転校しなさい」と言われてしまいます。私は物理やりませんでしたが。
私は数学が得意ではありませんでしたが、不得意でもなかったので、数学科の先生が良く言ってたよと、他の先生から聞かされました。日本でキチッと数学の勉強をしてからNZへ入った方が良いです。最初から良いスタートが切れるとその後の学校生活が楽だからです。
これは日本の大学受験でもおなじです。高校までの数学は難しくありません。実は大学の数学も難しくありません。大学の数学はa=bの関係がわかれば自分で計算する必要すらありません。科学は全般的に自分で計算する必要がありません。哲学を数式で説明する学問だからです。

この関数電卓は買わないといけないのか?と聞かれたら買わないといけません。
私も一時期、こんな電卓はいらない!自力で計算できる!と、一週間くらいねばりましたが無理でした。素直に買いましょう。
数学の教科書には、この電卓のどのボタンを押して計算するのか解説が載っているので、この機種でないとダメなんです。
こういう重要なこと、日本人エージェントはおしえてくれません。なぜなら、現地で勉強したことがない人たちですから。そういう人たちの言葉に説得力はあるのでしょうか?私が日本人エージェントを信用しないのは、自らの実体験がなく、知識もないのに、偉そうに説教するからです。しかも説教の内容が的を得ていない。

私がいたころもグラフ表示できる関数電卓がありましたが使用禁止でした。テストで不正使用が可能だからです。fx9750GIIはバリバリのグラフ関数電卓ですが、採用校が多いので、テスト中のグラフ表示が可能になったのでしょうか。よくわかりません。fx9750GIIは高額な機種のため私立校が多く採用しています。
NZは公立校と私立校の格差が激しいため、私立校ではiPadが指定文具に入っています。
私立校に通う子女は金持ちしかいないのでそれでいいんです。
有名公立校でもiPadを採用する学校があり、保護者の間で問題になっています。
ニュージーランドは貧しい国なので、とりわけお金の話になると話しが細かくなります。
私はお金に細かい人も国もキライです。カネのない人は身の丈に合った学校へ子女を通わせればいいだけです。それが平等の意味です。
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推薦状の入手方法(続編) [NZの中学・高校・大学]

日本で馴染みのない「推薦状」。これ、海外生活では必需品です。
以前もこのブログで説明しましたが、相変わらず推薦状をどこで入手するのか困っている人が多いです。
推薦状は、推薦者の社会的地位と推薦内容により「黒」が「白」に変わる魔法です。はっきり言って、成績なんか吹っ飛ばす勢いがあります。
ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊博士は、ノーベル物理学賞受賞者の朝永振一郎博士から推薦状をもらいアメリカ留学に成功しました。この推薦状がなければ留学生審査には不合格だったでしょう。特に大学院課程へ留学を考えている人は好成績と共に、その専門分野で著名な研究者(国籍不問)からの推薦状が合否に直結するとおもって間違いありません。著名な研究者から推薦状をもらうということは、顕著な研究業績が必要ということです。研究者は高校の先生と異なり、優秀な学生をドンドン推薦してくれるので、高校で推薦状をもらうより簡単です。阿吽の呼吸があります。成績が悪い、水準の低い論文しか書けない学生を推薦する研究者はいません。自分の信用がなくなるからです。
世の中にはブランドやビッグネームを嫌う人が万人といますが、ブランドやビッグネームを好む人も万人といます。
特に信用でコトが進む学校や大手企業ではブランドとビッグネームを重視します。
嫌いな人は嫌いでいいです。それなりの結果しか出ませんけれど。

就学している人は学校で推薦状を取得することが基本です。ただし、日本の学校からの推薦状は効果が薄いです。「ないよりマシ」なのであったほうがいい程度の扱いです。ちなみに、推薦状を日本人エージェントに渡すと、かってに内容を書き換えます。
どうして書き換えるのか。英訳が必要なので原文は好きに変えられるからです。これ、100%不正行為で虚偽の記載にあたる行為ですが、どこでも普通にやってます。海外に提出しちゃえば日本の法治外ですからね。なんでもありです。ひどいね、日本人エージェント。
これは受け入れ校にも問題があります。第三者指定翻訳機関を選んでいないからです。しかし受け入れ校もエージェントあっての営業なので、このあたりはグレーな扱いです。そのため、紹介料無料の学校やサポート料無料のエージェントは利用しないことが基本です。有名校は初めからエージェントを通した営業活動はしていません。

高校生までは推薦状の取得が難しいので、時間のある人は、最後の1年間だけインターナショナルスクールへ通わせるのも手段です。インターナショナルスクールで1年間就学し、良い成績を残し、学校長か学年主任から推薦状を書いてもらいます。インターナショナルスクールでは推薦状の意味がわかるので相談依頼も作成も流れがわかります。
小1から入学させるなら横浜山手中華学校か横浜中華学院がオススメ。バイリンガルどころかトリリンガル教育を採用しています。それなのに学費が安い(月額2万2~4千円)。多額の貢献と寄付をしてくれる在日中国人・台湾人に感謝。
ただし、推薦される内容のない生徒には酷い内容が書かれるので容赦なしです。インターナショナルスクールでは泣きは通りません。成績の悪い生徒、サボる生徒、休みの多い生徒、先生たちは生徒がおもう以上に生徒のことを見ています。

外国人牧師から推薦状をもらえばいいと理想を語る人を何人も知っています。非現実的な話です。実際に外国人牧師に推薦状依頼をした人がいるのでしょうか。
そもそも外国人牧師がいません。海外の宗教機関から派遣される外国人牧師は高位聖職者なので、一般人とは接点がありません。下位聖職者の指導役として派遣されています。一般人が接することのできる牧師は位の低い牧師です。その人たちに推薦状執筆の権限はありません。
教会の仕事は非営利活動なので、そもそも見返りを求め活動することはありません。
ただし、現地の教会活動で推薦状をもらうことはありです。牧師もそのことを理解してくれます。ただ、教会から推薦状をもらえるようになるまで、数年は教会の仕事に携わる必要があるでしょう。誰しも知らないヤツを推薦できません。私もクライストチャーチの教会に3年通いましたが、牧師が自分を認識してくれたとは感じませんでした(知らないおじいさんや、おばあさんとは仲良くなったけれど)。

現実的には現地の地方政府、教育省に相当する役所が認めた認可校へ通い、好成績を残し進学目的の推薦状を書いてもらうしかないでしょう。どこの学校でもいいわけではありません。
私もNZの高校へ進学するときは現地英語学校の先生に推薦状をもらいました。非常に良い推薦内容が書かれていたようで、推薦状を添付し出願した段階で合格が決まっていたようです(この話は合格後に聞いた)。出願後、学校長と40分くらい1対1で面接をしましたが、聞かれた内容が家族の話で面白くなかったことを覚えています。推薦状と成績が良ければ聞く内容もないか。

他方、高校在学中の義務作業で外国人生徒の指導を担当しました。これは私がやりたいわけではなく、サボっている生徒もいる中、義務作業なので嫌々やりました。そもそも何をやるのか明確な仕事内容もない中で。その担当教員が私の態度を悪くおもい、頼んでもいないのに推薦状に準ずる報告レポートを送ってきました。酷い内容が書かれておりどこにも使えません(一応、推薦状として使える)。週1回・1時間しかやっていないのに、よくぞここまで悪口が書けるなと唖然としました。

私がNZの大学へ入学する当時は推薦状の提出が必要だったので、現地高校からの推薦状と、当時ピアノ指導を受けていた個人教授の先生にお願いをして書いてもらいました。ピアノの先生は元高校音楽科教師(すでに定年退職をしていた)だったので推薦状はすぐにわかってくれました。それまで3年間ピアノ指導を受けていたので話も早かったです。元高校教師で社会的信用も高く、推薦してくれていまでも感謝しています。
学校での成績は悪くなかったので、日本国籍なので貰えませんでしたが、奨学金審査にも合格し(永住者なら給付型奨学金がもらえた)、入学手続きは簡単に終わりました。NZは合理的にできている国なので、相手が求める人物なら、あらゆる手続きは簡素化され早く処理されます。これはビザ発給や永住権審査、学位審査も同様です。相手が求めていない人物だと「んん?」となりますが。

大学のオリエンテーションに参加した際、外国人留学生からの出願を5000通受け取ったが、入学できたのはここにいる諸君だけですと言われたことを覚えています。オリエンテーションには100人くらいいたのかな?カリフォルニア大学からのアメリカ人交換留学生ばかりでした。NZよりレベルの高い大学は世界中にありますからね。

大学入学時の推薦状より、学生寮へ入るときの推薦状のほうがレベルの高い推薦状を求められます。これは以前も説明しましたが、NZの大学は就学課程への入学よりも、学生寮入寮のほうが難しいからです。入寮の緩い学生寮もありますが寮生の質もそれなりです。大学生活は人脈を作る場でもあるので、寝食を共にする入寮生の質が重視されます。
名門学生寮はプライドが高く著名な寮生を輩出していることから、学生寮が入寮生を選抜します。有名学生寮の卒業生は経歴に「○○大学××カレッジ卒業」と記載する人が多くいます(現在のNZの大学ではカレッジ制は採用していないので「大学のカレッジ」は学生寮の意味です)。
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