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スーパー塾の考察 [不思議な国日本の不思議]

目暗が思いっきりぶつかって来てそのまま過ぎ去ったので蹴り飛ばしてやろうかとおもった。
健常者だって人にぶつかったら謝罪するのに障害者は何でも許されるのだろうか。日本で障害者は非常に優遇されている。そして障害者批判をすると障害者世界選抜の乙武くんが烈火のごとく怒るので、誰も何も言えなくなる。それおかしくね?それこそ差別だよ。独りでも始める独りでも止めるが本物の自由であり民主主義だろ。これが最も不幸な現状です。

機会があって塾と予備校を調べてみた。個別指導塾は完全に無くなったとおもっていたらフランチャイズ化し、より大規模に法人化し、生き残っているどころか肥大化していた。私が消えてなくなったとおもっていたのは個人塾。こちらはほぼ全滅状態にある。
塾と予備校を合わせ50校くらいを調べたけれど、どの塾も主張内容がおなじ。高校までの勉強は学力以前に技術だと裏づけが取れた。高校生は頭も悪くなければ良い生徒もいない。技術力があるかないかの違いだけ。これはピアノが弾けるか、はんだごてが使えるかという技術とおなじ。
個人塾経営者に特徴的な部分は自分の悲惨な受験体験をツラツラと語る部分。この人たちは社会に対し敵意を持っている。特に直接指導を受けた高校教師に対する復讐心が凄まじい。
えっと、イーストウインドとか言うニュージーランドにある邦人を騙しカネを巻き上げている移住免許も持たずうちは旅行屋です契約は弁護士とやってくださいとかホザいてるトム・田中とかいう人がやっているNZ労働省から訴えられた会社とよく似ている。そっくり。うーんって、唸っちゃいます。
スーパー進学塾と呼ばれる東大と医学部受験に特化した塾は生徒募集をしない。口コミで広がるので宣伝する必要がなく、教室に看板すら出していない。それでも塾生が吸い込まれていく。桜蔭の制服を着た子もいる。
これが日本で唯一呼べる"Cram School"と呼ばれる詰め込み塾だろう。宣伝も募集もしないので何を詰め込んでいるのかわからないけれど、口コミだけで生徒が集まるのでこの信用力は絶大。
スーパー塾の講義は面白い。大人はより面白く感じるはず。実績採用の講師は合格率が下がれば解雇されるので教員レベルの教え方はしない。言葉遣いは丁寧で生徒への配慮も忘れず「記憶に残る先生は?」との国際調査に「塾・予備校の先生」と答える日本人が2割いるのには理由がある。
東大・医学部入試に必要な勉強時間は4,000時間。一日8時間の勉強で1.5年の計算。多く見積もっても一浪すれば入れる計算になる。ニ浪して東大に入る人はそもそも素質がないと言うことです。素直に諦めましょう。ニ浪すると医学部受験は圧迫面接で落ちるのでこちらも無理です。東大でも文系学科に限定すれば4,000時間の勉強量は不要。受験制度を分解し再考察してみると、底辺校の生徒が門前払いされ、学閥主義が存在する正当な理由があったのだ。
ニュージーランド人は13年間の就学年限で4,000時間も勉強しないから、圧倒的なレベルの差が生じて当然。言い換えれば、NZの医学部入学は日本より楽と言える。NZの医学部って2校しかないけれど。
在留邦人は子の塾通いを全否定するけれど、圧倒的に勉強量の少ないニュージーランドの学校を出ても、子が苦しむ。特に初等教育のレベルの差は歴然としているので、小学校6年生とYear 8は同級生でも大人と子供ほどの学力差が生じている。ニュージーランドで就学する優位は2校しかない医学部に入るしかない。
受験で必要な努力は6割が個人、2割が塾講師、2割が家庭の支援です。これで8割強を取れば合格するので、この構成比率を変えればいいわけです。見えざる時の運も含めれば5割くらいの個人努力でも合格するので、スーパー塾の存在意義も不確かなものです。スーパー塾は頑張っても2割しか手助けできないから。
スーパー進学校へ通い、スーパー塾に習った東大生って価値あるのかなっておもう。誰でもその環境に入れば東大にも医学部にも入れる。それはスーパー塾講師の経歴を見ればよくわかります。
東進の林修が予備校という恵まれた環境で勉強できたことを親に感謝すべきで講師への感謝は不要というには正当な理由がある。
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いまやる いまやれ [不思議な国日本の不思議]

ひさしぶりに本業へ戻った。3つの机を使っているので座る席ごとにやるべき仕事が異なる。できればもう2つくらい机を作りたい。5つの仕事を同時に進め、仕事を分散させる。
大学生のときは、慶應(三田)・早稲田(西早稲田)・明治(和泉)・学習院の図書館をかってに使っていた。学習院大学法経図書センターが一番綺麗でした。モグリ生だったので他大にはたくさんの思い出がある。
いまはどの大学図書館も学生証で入館管理を行うけれど、15年くらい前はどの大学図書館も自由に出入りできたので、明治大学和泉キャンパス図書館にはお世話になりました。明治大学には一銭も落としていませんが。あのカビ臭い図書館の雑誌コーナーの机を使い勉強した。一般席の椅子は20分も座っていると腰が痛くなる酷い設計なので座れません。

他大でモグリ生をやっていたので、他大卒業生とおなじ空気を共有できる。大学は高校とは異なり、特定教員の話題が上がることはなく、出身、住まい、同輩、サークル、バイトもバラバラなので、おなじ学科生でなければ知っている人のほうが少ない。全般的な流れを捉えることができれば卒業生だろうがモグリだろうが一発で話が合う。ここでは空気を掴むことが重要。卒業生でも空気を掴めないヤツが多い。そういう人は本当にもったいないことをしているとおもう。そこから次の人脈やツテ・コネなんていくらでもつながるのに自ら人脈形成を放棄している。そういう人って生きていて楽しいのかな。投資に使った分は回収しようっておもわない金持ちのなのかな。

人脈は半径2メートルで作れる。陰口を叩く前に良い情報をくれる人を見つけたほうが早いです。それが人間関係・人間社会。精神論を論じる前に人脈を作れ。大学の先生と卒業後もつながりを持つ人は300人に1人もいない。大学人は就職の面倒も見てくれないし。
人が何かをやろうとおもったら、活動時間は長くない。あとでやろうとおもったときにはできない。
「じゃあ、いつやるか?いまでしょ!」は正論です。あとでやろうとおもうなら、いまやれよ。
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ラグビー?日本代表 [不思議な国日本の不思議]

アクセス解析を見ると【小野晃征 嫁】で検索してくる人が多い。小野晃征の嫁のことなんか書いたことないのに。
私は小野晃征を良くおもっていない。小野晃征は在留邦人の子であり、本人も在留邦人だから。
【小野晃征の嫁】は誰なのか。良くおもっていない人の嫁を探してだから何?とおもうけれど、検索してくる人が多いので探してみた。
うん。2分で見つけた。おわり。
【小野晃征の嫁】でこんなつまらないブログに辿りつくより、自力で探したほうが早いのではないだろうか。
五郎丸の嫁を探すならまだしも小野昇征の嫁を見つけて何になるんだ。
五郎丸はテレビに出ずっぱりだけれど、小野はテレビには出ていない。そもそも小野がSOをやっていたことを知る人は少ないだろう。
五郎丸は可愛そうだとおもう。せっかくテレビに呼ばれても「子供は何才?」「なぜ23歳で結婚したの?」と聞かれるだけで話題がラグビー外のことばかり。これはインタビュアーがラグビーを知らず、見ている人に伝えられないから。それでも広報活動の一環として協会から出演するよう命じられるわけだから苦痛だとおもう。私ならテレビに出ないで家に帰る。
私の日本代表MVPはマイケル・ブロードハースト。NZ出身の水を運ぶポジション。このポジションは外国人選手でないと務まらない。ブロードハーストがいなければ日本はボロ負けしていた。でもこのポジションは地味なため、正当な評価をつける人がいない。
2019までに変わるべきは選手のメンタリティーより協会の体質でありフロントである。エディー・ジョーンズもこの部分を指摘しているがテレビは報じない。協会の役員を見ても高給取りの何もしない人ばかりなので、エンブレム問題で揉めたどこかの国のオリンピック委員会と似ている。
日本代表選手にガイジンはいらないという人は差別的だとおもう。フランス軍なんて外人部隊まであるのだから「国際試合は戦争」という日本にこそ外人部隊が必要。日本人は言われにこだわりすぎる。
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日本流の個人主義 [不思議な国日本の不思議]

今月はあまり忙しくないので前倒しで予定を進める。時間の空いている時に予定を進めておくと後々有利に進むことが多い。
今年は元旦から仕事をしていた。大晦日も仕事をしていた。しかも三年くらい先の予定を詰めているので時間の感覚がない。
日本人は他の人が休んでいるときに仕事や勉強をして優位に立つことを考える国民性のため、自分のために時間やお金を使う考え方がない。祝日を増やし強制的に休ませないと誰も休まない。これは在留邦人が猛反発する国民性だけれど日本社会の言動力である。日本社会は仕事が縁で人々がつながる職縁社会。では海外ではどうか。
労働組合の影響力が強い海外では職縁社会は限定的。ほとんどの人は転職すると全職の人とつながりがなくなる。日本には職縁社会があるので、このご縁は大切にしたほうがよいとおもう。円満退職と言う言葉はあっても中身はない。円満に退職するわけない。海外でも退職後に推薦状を書いてもらう可能性があるため、前職との関係は中立を保つべき。信用を築くには一生掛かり失うときは一瞬だから。

日本社会は部活的な要素が強く、気の合う仲間と出会えるとワーワー言ってなんだかんだ進む。離職しても転職しても部活仲間とつながる。他方、気の合う仲間がいないと部活が成立せず毎日の業務はつまらないわけです。
海外には部活がないのでワーワーがない一方で合理的に動く。就労規則に厳格で時間に管理される。部活ではないので終われば延長なし。残業もない。部活だと自主練習も休日練習もある。当然、長時間練習になる。

日本に住むならこの部活の中身を理解しないといけない。帰国子女や外国人で日本生活に合わせられない人はこの部活の中身をわかっていない。部活仲間の気を一つに集中させ活動を完成させる。上級生は部員を鼓舞する必要がある。外国人に部活生活は理解できないので、日本社会から脱落する人が多い。他方、上手く部活を理解できた外国人は日本生活を楽しんでいる。
海外在留邦人は帰宅部。在留邦人は日本でも海外でも上手くやれない。日本人は文句を言わないので好かれている?というか、相手にされない。

世界はアジア圏を除くと圧倒的な個人主義の国で構成されている。海外在留邦人は生きていけるのだろうか。私の感覚では生きていけない。海外社会の捉える個人主義を理解できる邦人がいないから。
日本人が住んでも通じるのはアジアだけ。ヨーロッパ・北米・オセアニア・南米は無理。
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白紙 [不思議な国日本の不思議]

今年は梅雨らしい天気が続き雨ばかり。毎日雨が降る7月はひさしぶりだ。
カブトムシが道でひかれ死んでいたので、腐敗が進む前に処理をした。野生のカブトムシは久しぶりに見た。もう夏だ。
日本のカブトムシは海外で人気があり、昆虫採集に訪れる外国人もいる。昆虫は生きていても死んでも価値が変わらないから。国立・都立・区立公園は動植物の採取は禁止です。木登り・貼り紙・物を吊るす行為も禁止。ボール遊びも音の出る運動も禁止。確かに田舎から出てきた人からすれば東京は人が住む場所ではないだろう。海外からの訪問者も同意見だろう。でもね、東京の公園は夜中の2時でもサッカーをする人がいます。田舎で夜中にサッカーをやる人はいません。だから禁止なんです。
東京は日本最大の田舎者受入れ地です。ゴミ投棄を含め田舎者が東京の住環境を破壊しているのも事実。地域に愛着のない人は住環境を破壊します。
東京に田舎者は住めず、海外は田舎者でないと住めない場所だとおもう。

ザハ・ハディッド女史の新国立競技場案は廃止になりましたね。あのデザイン、私はかなり推していました。実現すればパンチある建築なっていました。世界中のどこにもない建築。
安藤忠雄もおなじことを考えていたはず。公共建築にはパンチが求められる。

この建築コンペは最初から最後までおかしな展開であった。事実上の公共工事である建築コンペなのに、募集期間はたったの2ヶ月。通常なら最低でも6ヶ月、構造とコスト計算を入れると10ヶ月は必要な期間を2ヶ月で終えてしまった。何があったのか。ラグビーW杯の準備があるため短縮したのだろうけれど、2ヶ月では短すぎる。2ヶ月の設計期間だと集合住宅並みです。オリンピックスタジアムが集合住宅扱いなのだろうか。

コンペで1等を得た建築事務所が総責任者となり、全ての指揮権を握るのに、ザハ案ではデザイン監修者のみとなり、フレームワーク設計を日建設計・日本設計・梓設計・アラップジャパンが担当。なんだコリャ!?
上物は外国人にやらせ、設計は日本がやる分離方式。基本設計を担当する4社は大型建築を手がけるワールドクラスの設計事務所なので指名は間違いないけれど、上物を日本人にやらせるとオリンピック選考で勝てないと判断したのだろうか。事実、日本の建築家はこの規模の施設になると海外コンペで勝てない。

みんな白紙になって喜んでいるけれど、ザハ女史は今後の日本で仕事が得られないだろう。デザインと設計を分離する日本独自の建築手法も海外では理解されない。世界的な建築家がたくさんいる日本で残念な展開になる。

そもそもこのコンペは国内選考だけでやればよかった。公共工事なので海外にデザイン料を支払う理由がない。国内の建築家と事業者に振り分け、徴税すれば国民利益になる。他の大型建設ではおなじことをしているのに、この建築案だけどこかおかしい。
日本には世界クラスの建築家がゴロゴロいる。プリツカー賞受賞者の槇文彦、安藤忠雄、SANAA(妹島和世&西沢立衛)、伊東豊雄と坂茂を指名コンペで競争されたら日本建築学会は大騒ぎになります。世界クラスのガチンコ勝負なんて他で見られないからね。どの建築家も最高作品を出してきます。板茂さんの建築思想では競技場の設計はやらないと思うので、この枠だけは外国人でもよい。世界中の建築学会が注目する国際コンペになったはず。宣伝費を掛けず、宣伝をしてもらえるって最高ではないか。このあたりも含め、もう少し上手くできたはず。

醜態を晒し白紙案となったので、工期を短縮するなら優秀賞(事実上の2位)に選ばれたコックス・アーキテクチャ(オーストラリア)案と、入選(事実上の3位)に選ばれたSANAA+日建設計案のコストと構造計算を2ヶ月で行えば何とかなります。ここまで揉めたので、意匠や設計より、コスト優先のつまらない建物になるでしょう。SANAA+日建設計案はよさそうに見えるけれど日本案だからダメなのかな。SANAA+日建案は他の国が確実に欲しがる。

安藤忠雄は、競技施設ではダメ、ワールドクラスの建築をやるという気持ちが強すぎたとおもう。建築家なら当然です。役所は、ワールドクラスの建築なんてどーでもいいよ、お金出すのはこっちだよとなる。政治家は、批判はこちらに来るんです。安藤さんが責任取るわけではないとなれば、安藤忠雄が不要だったとおもう。
審査委員長を槇文彦が務めていたら、ザハ案は採用されなかった。86歳の槇文彦はダメで、73歳の安藤忠雄ならよかったのだろうか。槇文彦って美術・建築史に名が残る世界的建築家なのに。
槇文彦なら工費が安く、工期が短く、安全性が高く、ゼネコンの建設実績が豊富なドーム型案を採用していたであろう。建築家は建物を造ってくれる大工さんの安全も考え設計する必要があります。
外装と天井は旭硝子のETFEフィルムを採用すれば柔軟度の高い意匠が構築できるでのデザインだけは外国人がやってもよい。ETFEフィルムなら日光が差し込むので天然芝も育つ。既に採用実績も多く、使用に問題がない。改修工事も安く早くできる。やはりオール・ジャパン体制で意匠から設計・構造・コスト計算までやれば何の問題もなかった。では、安藤忠雄を最高責任者に選んだのは誰かということになる。この問題、政治問題というより、人災です。

ザハ女史にはデザイン料の13億円+キャンセル料を支払い、領収書をもらって、サヨナラするしかない。裁判に持ち込まれネチネチやられたらヤヴァイ。ザハ女史も日本で仕事が取れなくなるので迷惑だろう。
シドニー・オペラハウスを設計したデンマークのヨーン・ウツソンは採用後にケチョンケチョンに叩かれ辞任し、以後、オーストラリアの地を踏んでいない。オーストラリアから民間人として最高位の勲章までもらったのに、徹底的に叩かれ、かってに設計変更をさせられたら、トラウマになるよね。集団リンチとおなじだもの。オペラハウスも当初予算の14倍の建築費が掛かっているので、公共建築はそういうものです。予算内でやるなんて一般住宅でも無理。
国際コンペは政治だから、駆け引きに勝てないとコンペも勝てない。ズル賢い人でないと勝てない。どこかの在留邦人ならこの意味がわかるでしょう。在留邦人もズル賢い人ばかりだからね。
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