So-net無料ブログ作成
杉並学院吹奏楽部 ブログトップ

杉並学院クリスマスコンサート2015 [杉並学院吹奏楽部]

sugigaku.JPG


杉並学院吹奏楽部のコンサートに行きました。
80席用意されたけれどすぐに埋まったので、皆どこでこの情報を得たのだろう。予約制なのに。商店街が斡旋でもしているのだろうか。ほとんど高齢者しか来ていないのでネット情報なんか知るはずない。
今回の演奏会もとてもよかった。木管は負けていなかった。フルートの三重奏はとてもよかった。テナーサックスもダブルベースも素敵でした。男子奏者が加わると音に力強さが増す。高校生バンドは年度ごとの編成だから水準にばらつきがあるけれど、それがとてもよい。このバンドの水準が極めて高かったら私は聴きに行かない。高校生らしい一生懸命な演奏はプロの演奏を越えます。すべての演奏に心より拍手。
高円寺の路上パフォーマンスでも同じだけれど、高校生の演奏を楽しみにしている人は想像以上にたくさんいる。日本人の25人に1人は吹奏楽部経験者なので、80人の来場者の中で3人は吹奏楽部出身者となる。阿佐ヶ谷のコンサートに集まる聴衆ははほとんどが高齢者なので、この比率は当てはまらないけれど、高円寺の路上コンサートでは100名以上の若い聴衆が集まるので、この比率は高くなる。
「木管の演奏すてき」「A Whole New Worldに涙が出た」と、経験者の記憶に突き刺す感想で溢れている。聴衆がおなじ経験をしてきたということ。
この活動は学校の広報活動に大きく貢献している。私だって杉並学院なんて学校は知らなかったわけだから。引率する先生には多大なご苦労が生じているけれど、生徒は良い記憶を持ち帰る。この記憶が大切。人間は弱いものですから、もうダメだと感じた時にダメになってしまうことがある。でも、吹奏楽部の演奏や練習で、あの時もできたのだから次もできるよと大きなパワーになれば、それが部活動の意味です。創造的な活動は人が生きる人生を豊かにするものです。人間は芸術と共に大きくなったわけで、芸術は特権階級の娯楽ではない。杉並区民の多く、特に高齢者は大きな勘違いしているけれど、芸術は人々を結びつける身近な産物である。
休憩を挟み二時間を超える大演奏会になった。高校生のパワーを受け止める聴衆にもパワーが求められる。帰りはクタクタです。
杉学吹奏楽部の演奏会はいつも楽しみにしているけれど、もうやり尽くした感があるので、これで終わりにする。間を置いて聴きに行くかもしれないけれど、継続的参加はこれで終わりにする。次は私以外の人が聴きに行くほうが価値がある。私の音楽魂は杉並学院吹奏楽部と共にあります。
nice!(0) 

高円寺イルミネーション [杉並学院吹奏楽部]

高円寺駅南口駅前広場(旧・噴水広場)イルミネーション点灯式で杉並学院吹奏楽部が演奏するということで行ってみた。
予定時間より早く到着したので、いつやっているのかわからない「都丸書店」でNZの大学の先生が執筆した本が売れ残っているか探してみた。昨年は500円で売っていました。
5分くらい探したけれど見つからず。あんな本を買う人はいないので、丁寧に探せばあったかもしれない。ドイツ語で書かれた経済原論の教科書があったのでページをめくってみたけれど、文献になるほどの価値はなく、購入に至らず。都丸書店は、一応営業時間はあるみたいだけれど、いつやっている古書店かわからず、なかなか行くのが難しい店です。

吹奏楽部の演奏はとても楽しみにしていたけれど、ジュースをもらうキッズたちで溢れ、知的障害だか自閉症だか、うるさい男児が1名いた。その子が私の前を出たり入ったり、足元にもぐったり、配布していた風船をいじくったり、友達と大声で騒ぎ、もの凄くうるさかった。イーストウインドのトム・田中とその息子の竜馬もこんな感じだとおもう。社会のクズ。この世から消えろ。
もう1回やったら摘み出そうとおもったところで演奏終了。屋外演奏は15分程度しか行わない。クソッ、この15分のために1日掛けて時間調整したのに。
障害児だろうが自閉症児だろうが、私は容赦しない。月に代わってお仕置きなんかしない。天に代わり制裁を与える。聖戦。皆おなじく静かに拝聴しているのに、ハンディキャップなら何でも許される姿勢が理解できない。乙武君がいたら発狂するだろうけれど、あの場にいた聴衆は、皆、おなじことを感じたはず。一般常識を超えた迷惑行為。間違いは間違いだと正すことが本物の親切心。もうあと10秒くらい演奏が続いていたら、障害児だか自閉症児を蹴り出し北口交番にブチ込んでいた。K札は論理的に正しい行為は味方する。
本当に腹が立つ。どうして周りの友達は「静かにしよう」と注意できないのだろう。多数の保護者も同席していたのに。障害者は障害者差別を勘違いしている。障害者差別は障害者自身が作り出していることを理解しないくてはいけない。「馴れ合い」と「助け合い」は別の言葉で意味を持つ。理解できない者はその場に立つな。
もう屋外演奏には行かない。杉並学院の生徒さんと先生には申し訳なくおもう。わざわざ運搬車両と手伝いの生徒まで出し演奏に来てくれたのに。

パル商店街入口へ移動し、アンサンブル演奏が始まるまで暇なので不動産広告を見ていた。高円寺で2万円という物件があった。どの程度の広さかわからないけれど、年24万円で固定資産税と保険料を差し引くと、オーナーに入る家賃収入は数万円だろう。うちの月極駐車場代より安い計算になる。ここから修繕費が引かれると、減価償却費はないとしても、毎月数千円しか入らないとおもう。空き家よりいいという感覚なのだろうか。
全国で空き家が増えている理由は、更地にすると固定資産税が上がるからです。建物として残すほうが税率が低いからです。これは歴代政権の持ち家政策が理由です。この空き家増加に伴い、泥棒の侵入や放火、崩れ掛けの家宅が増え、治安が悪化している。建物は人が住んでいないと劣化が早く、数千円の収入でも家が腐るよりマシと考えるオーナーもいるだろう。
地方から上京する人は高円寺の家賃相場を理解していない。5万円も出せば十分な物件が見つかるとおもっている。ハハハと笑っちゃいます。田舎じゃ5万も出せば十分な家が借りられますからね。
そうかとおもうと、早稲田大学の中国人留学生のように家賃20万円のマンションに1人で住んでいる私費留学生もいたり、人の金銭感覚は当てになりません。

アンサンブル演奏は最初から最後まで楽しめた。こちらには知的障害児も自閉症児もおらず静かに聴けた。杉学生は上手いとおもうけれど、昨年ほどの感動はない。経済学で言えば「限界効用が逓減した」となります。
高校生の演奏はプロの演奏を超えている。聴衆が魅力を感じるのはこの部分。高校生はもっと自信を持ち、堂々と演奏して欲しい。世界で最も輝いているのは日本の高校生なのだから。
nice!(0) 

高円寺フェス [杉並学院吹奏楽部]

商店街の催しでハロウィンキッズたちが仮装?変装?モノマネ?をしながら歩いているので手を振ってあげたよ。誰も手を振り返してくれなかったけれど。ヘンな格好で歩くとお菓子がもらえるみたい。夏祭りを企画しても参加するキッズが少なくなった現在では、ハロウィンのほうが集客力がありそう。母親が一緒にやって来るので購買力が期待できる。催しを企画するなら、誰が財布を持つのか考えないといけない。

大人も変装?しながら歩いているけれど、大人は止めたほうがいいとおもう。変人に見られます。女性は写真を取るために顔を出しているけれど、男性は恥ずかしくて顔を隠す仮装?変装?をしているので、ダース・ベイダーやバットマン、狼男が多く、フルフェイスで顔を隠しているのでマジ怖い。やっている人は面白いとおもってやっているけれど、ぜんぜん面白くないから。フルフェイスで銀行に入ったら警備員に追い出されるのに、ハロウィンはOKなのかな。楽しみってこちらも相手も共通認識があるから通じるのに、一方通行の楽しみは迷惑でしかない。
高円寺みたいなローカル色の強い住宅地でやるなよ。ホームレスがビッグイシュー売ってる隣でダース・ベイダーが歩いているから、高円寺は変人が変人として見られないなんて言われちゃうんだよ。
日本版ハロウィンは大失敗。許容範囲を超えている。これを広めたのはマスコミであり小売業だから、叩くべきはコイツらだ。おっと、オリンピックエンブレムの中間代理業を務めたあの広告代理店もそうですね。

高円寺フェスで開催された杉並学院吹奏楽部楽祭に行って来た。開催時間まで20分あり、しかも寒いので、無料のスタンプラリーに参加してみた。意外にもスタンプ設置店が少なく、しかもどこに設置されているのかわからず、さらに、しりとりで語呂を合わせる必要もあり、想像以上にスタンプが集まらなかった。スタンプ難民があちらこちらにいましたよ。こんなものは15分くらいで集まるとおもっていたけれど40分くらい探し歩いた。それで、うまい棒1本しか貰えなかった。景品の中身を知りながら参加した私はうまい棒の価値もありません。

南口広場(旧・噴水広場)で古本の交換会があったので、古本を持参し置いてある古本と交換。
欲しい本がなく困ったけれど "Drug Use and Cultural Contexts 'Beyond the West' Tradition, Change and Post-Colonialism" という、何だかよくわからない誰も引き取り手がいない洋書と交換した。製紙価格の高いイギリスで発行された薬物の歴史に関する本。誰が読むのだろう。シールが貼られた跡がなく日本で販売された本ではない。装丁も綺麗に仕上がっている。内容に価値があるとはおもわないけれど、本が持ち込まれた経緯に価値がある。
洋書は最上部(専門用語では「天」)、最下部(「地」)と側面(「小口」)が綺麗に裁断されていない本が多く、数千円する本でもバサバサの作りが多い。ページをめくるうちに剥がれてしまう本もある。日本では考えられない本の作り。日本の書籍は厚手の上質紙を使い、装丁も裁断も綺麗に行われる。しかも価格が安い。日本は本の国。

駅前プロレスはよく許可が出るなとおもうけれど企画内容が面白い。駅前でプロレスだよ。古代人だって考えつかない企画です。ゆるキャラプロレス&撮影会もあって何でもあり。

杉学吹部の演奏は最初から最後まで見たけれど、さすがにこの時期は寒い。上着を着ても寒い。部員はシャツとセーターだけなので相当寒いとおもう。上着は着れないのかな。上着を着て演奏しても相当寒いとおもう。この時期の屋外演奏は演奏者への負担が大きい。
吹奏楽部の演奏は玄人色が強く、ヴィジュアル的な刺激が弱いため、予備知識のない聴衆は最後まで聴かない。私が聴いている間もポツポツと席を立つ人が多くいた。
杉並学院にはダンス部があるので、コラボ企画を打ち出し、吹部の演奏に合わせダンス部有志(5名くらい)にコンテンポラリーダンスを踊ってもらうのはどうだろう。
当日も演奏された "A Whole New World" のような吹奏楽の定番曲で旋律の柔らかいバラード曲なら踊りとよく合うはず。ダンス歴の長い生徒5名なら即興ダンスも可能だろう。5-6曲の演奏のうち、3曲くらいでダンスとのコラボ演奏ができたら聴衆の興味をひきつける事ができる。
全国大会受賞歴のある合唱部もあるので、英語で1曲披露してもらえたら学校の名声が上がり宣伝にもなる。高校生が学校で勉強している英語で合唱を行い、吹奏楽部が音を作るとなれば、教育的効果は高く、学校の支援も得られるはず。これは部活の顧問同士が仲良くないと実現しないので人間関係が重視されるけれど、他の学校ではまだ見られない企画なので、実現したら聴衆の満足度と生徒の達成感は高い。経済学で言う「社会的効用が最大化された状態」となる。
一度前例ができると他の学校にマネをされるけれど、マネをされるくらいの前例を作り出すことも部活動のひとつです。
nice!(0) 

杉並学院で阿佐谷ジャズストリート [杉並学院吹奏楽部]

杉並学院吹奏楽部演奏会。
この催しは「阿佐谷ジャズストリート」のパブリック会場イベントの一つで、本来は有料制ですが、杉並学院のご好意で入場無料。これは行かなくては。
しかし行くには大変だった。完徹。38時間くらい起きていた。眠くはなかったけれど、くたびれた。

あさがやは「阿佐ヶ谷」なのか「阿佐谷」なのか未だに不明。駅名は「阿佐谷」から「阿佐ヶ谷」に変わった。そして南口に停まる「長久保」行きの西武バス。果たして「長久保」はどこにあるのでしょう。

杉学コンサートまで時間があったので南口駅前広場でアメリカ空軍音楽隊の演奏を見学。軍人と言っても音楽隊なので背の低い人ばかり。外国人という感じがしない。女性隊員は日本人より背が低い。体重は倍くらいありそうだけれど。G.I.ジョーみたいな軍人を想像していくと裏切られた感が半端ない。

「ジモトピ杉並」の取材が入り、磯部さちよさんの後ろにいました。磯部さんは想像以上に細かったです。声を掛けようとおもったらスタッフと行ってしまった。
アメリカ軍のトラックが停まっていたのでナンバープレートを見るとスッキリした良いデザインを採用していた。フォントも綺麗。外交官プレートとは大違いです。アメリカ軍のナンバープレートで日本を走れるんだからすごいよ。ここはどこの国だ?

駅前で秘密の荷物を受け取り、おコメ屋さんで23年前のことについて聞いてみた。地元のことは米屋、酒屋、牛乳屋に聞く。おじいちゃんはとても品が良く、優しかったので15分くらい話してしまった。なつかしい話を連発し自分が23歳も年をとったことを実感した。
もう一人は、カチンとくる言葉を連発する。おじいちゃんとは大違い。悪い人間ではないが言葉に棘がある。それは23年前も感じたこと。性格を変えたいという人がいるけれど、変わらない部分が性格です。
新事実が2つあった。いつか機会があれば確認したい内容だったので聞くことができて満足。これは今の私でないと聞けなかった。お店の営業中に失礼いたしました。何も買っていませんが。

阿佐ヶ谷駅から歩いて杉並学院へ移動。この学校は23年前の私も、現在の私も、女子校の印象が強すぎる。
菊華時代はエントランス部分に中庭があり校舎はコの字型に配置されていた。この中庭でテニス部が練習をしていた光景が鮮明に残っている。正門はなく、カーテンゲートで開け閉めしていたような記憶がある。記憶は本当に厄介なものだ。
現在の校舎内はピカピカで土足入校していいのかいつも迷う。在校生は別の印象を持つだろうけれど、校内環境は非常に良い。いろいろな学校を見てきた私が言うので事実です。
早く到着したのでまだ練習中であった。練習も聴けてラッキー♪ 38時間起きていてよかった。
吹奏楽部メンバーに「こんにちは!」と元気に挨拶をされたけれど、見知らぬ私に挨拶してくれる人がいるとは想定しておらず、返事に失敗した。発声が悪いので声を出す準備をしていないと声がかすれてしまう。これでトラブルになった過去が多々あり。瞬時にお返事ができなくて申し訳ない、フルートの杉学生。

1; ムーンライトセレナーデ
2; 燃える闘魂
3; 八木節
4; ハッスル
5; 宇宙戦艦ヤマト
6; ホールニューワールド
7; デイトリッパー
8; ブルーバードランド
9; ルパン三世(アンコール)
10; 宇宙戦艦ヤマト(アンコール)

昨年は1名だった男子部員が6名くらいに増えたので音に力強さが出た。一生懸命な演奏がとてもよかった。寝ないで行ってよかった。

来週の演奏会は屋外なので行くか不明。段々と寒くなってきたので屋外演奏は厳しくなる。
nice!(0) 

指導者が伝えられること [杉並学院吹奏楽部]

杉並学院吹奏楽部スプリングコンサートへ行きました。
高校吹奏楽部の何が良いのかといえば、上手くないところが良い。下手という意味ではありません。上手くないから一生懸命に演奏する姿がまぶしい。
プロの演奏家や音大生は上手いです。上手くて当然です。練習量も練習の質もレベルが高いからです。上手いけれど、わざわざ聴きに行きたいとおもわせる理由がない。
高校生はかぎられた楽器と練習時間でやりきります。制約があるから価値があります。その価値はプロ奏者を超えます。

校舎内はとてつもなく綺麗で土足で入ることが失礼におもえるほどです。来客用手洗いも設置され、さすが東京の私学。在校生は気がつかないとおもいますが、他校と比べても学内設備は高水準です。
私は日本の高校へ通わなかったので、他校でバーチャル高校生を体感します。いろいろな学校を回ると校風の違いを感じます。生徒の身だしなみと言葉遣い、教職員・警備員の言葉遣いと対応力、校舎内外の清掃と美化意識。すべてが文化の源です。文化は良質な環境から生まれます。
手作りプログラムが準備され、1部いただきました。卒部生の紹介が掲載されていましたが、顔と名前がわからないので詳しく読んでいません。顔と名前が一致する部員には、より楽しい内容でしょう。全般的によく組織された吹奏楽部です。指導力の高さがわかります。

*フルート四重奏曲(前奏曲)
* Washington Post March
* アイーダ行進曲
* 星条旗よ永遠なれ
* 歌劇「タンホイザー」 - 大行進曲
* Moon Light Serenade
* St. Thomas
* Y.M.C.A.
* Close to you
* ドラえもん
* テキーラ
* 躍り明かそう(「マイ・フェア・レディ」より)
* ロッキーのテーマ
* となりのトトロ・メドレー
* バック・ドラフト
* リトル・マーメイド・メドレー
* Blue Birdland
* ルパン三世のテーマ(アンコール)
* 星条旗よ永遠なれ(アンコール)

三部構成で休憩を含め二時間を越えるコンサートになりました。部員の練習成果がよく伝わる演奏でした。顧問の先生が部員を見守る視線が優しい。これが教育です。良い指導者に共通していることは、卒業生が学校へ戻ってくること。「あんな学校には二度と行かない」と卒業生に言われないだけで教員は教授責務を果たしています。これはどの学校にも共通しています。部活動の充実は顧問に左右されます。海外の学校だと終礼と同時に教員も帰るので日本のような部活動はできません。生徒より先に帰る教員はザラです。
一般参加できる部活の発表は機会が少ないのが現状です。いつイベントが開催されるのかわかりません。これも日本の学校に共通していますが、宣伝方法がクチコミに限られます。もうすこし上手く宣伝ができると、素敵な企画がより輝きます。フライヤーもポスターも用意しているのにイベント内容が知られていない現状は非常に残念です。JRや地下鉄は構内にポスターを貼ると広告費を取るのでケチです。鉄道会社に電車賃を落とすのは生徒と教職員です。地元の鉄道会社は柔軟に対応すべきです。
学校側にも難しい課題があります。特に女子校だと変質者や痴漢が多く侵入します。卒業生や保護者ならまだしも、一般入場を禁止したい現実もあるでしょう。学校は信用で成り立つ世界だからです。入場者の氏名と住所、電話番号を記入させるだけでも抑止効果があります。犯罪者は面倒なことをやらないからです。出入口付近への警備員の配置と防犯カメラの設置も重要です。
ちなみに、日本にある女子校は全学校数の6.4%、男子校に至ってはわずか2.6%しか存在していません。絶滅寸前です。

いつ行っても高校生の演奏は楽しい。高校生の美術展も同様です。知らない生徒の演奏でも美術作品でも心躍るものがあります。表現者は常に悩まなくてはいけません。上手くできても悩み、上手くできなくても悩む。悩みの中に創造があるからです。創造から文化が生まれます。
良い指導者と出会えた人は、自分も良い指導者になれます。それが指導者が伝えられる唯一の指導です。
nice!(0)  トラックバック(0) 
杉並学院吹奏楽部 ブログトップ