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民度の低い高円寺 [行ってみた]

高円寺駅前イルミネーション点灯式で杉並学院吹奏楽部が演奏するので高円寺駅前まで行ってみた。
雨の予報だったので当日夕方まで行く予定なし。夕方から晴れたので行ってみた。
昨年あの場所で不快な思いをした。音楽は玄人の表現です。子供や知的障害者は立ち入る必要はない。それが理解できる人だけが来ればいい。音楽は万人受けしない表現です。それは演奏者も聴衆も理解しなくてはいけない。何でも経験させることが良いわけではない。特に知能に障害ある人は。

午後5時の開始に行っても商店組合長や高円寺駅長の長い話につき合いたくなかったので5時過ぎに行って正解である。
高校生の生演奏は聴ける機会が少ないのでいつも楽しい。聴衆の中にいた若い女性たちが「私たちにもあの頃があった」「若さをもらった」と言っていた。私も同感です。
今年度の選曲は同じ曲が多く、阿佐谷ジャズストリートと高円寺フェスで演奏された曲が中心となっているようだ。ここでも日大二高とおなじくマイクが入らず。屋外でのマイク調整は難しいね。

この学校の吹部は演奏終わりが曖昧で、演奏者それぞれが一礼し帰ってしまうことがある。まだ演奏が続くのか、終わったのか、わからないことがある。今日の演奏では部長が演奏者全員を立たせ全員で声を合わせ一礼し終了した。高校生らしい清清しい終わり方が素敵です。誰かが音頭を取り「これにて終了」と合図を出すことは演奏者にも聴衆にも必要である。バトン部とチアリーディング部は必ず全員起立し大きな声でお礼と一礼をして終わる。文化部も運動部も部活の中身はおなじなのだ。

杉並学院の制服はよく見たことがなかったけれど、こちらも日大二高とおなじく、女子は黒いストッキング(かタイツ)を採用したほうが足が長く見えて良いと思う。スカートを折り足を出すと先生に怒られるので、黒いストッキングで足長効果を演出すればスカートを折ることはない。私立校へ通うティーンは美を意識する心も大切である。学校もそれに応じる姿勢が必要である。

この秋は五校の文化祭へ行ったので学校ごとのカラーがつかめた。
せっかく人前で素敵な演奏や演技を披露する機会があるのに、シャツが出たまま、靴下が下がったまま、ボタンが外れたまま、ネクタイが下がったままと、誰かに犯されたわけでもないのに乱れた制服姿のまま壇上に上がる生徒がいる。せっかくのお披露目の場なのだから、シャツは入れる、靴下は上げる、ボタンは掛ける、ネクタイは上げ、女子は髪の毛をまとめてから人前へ出たほうがより素敵に映ります。先輩は後輩の服装を直してあげてから同輩同士で服装を確認し壇上へ上がる。それだけで偏差値は10上がります。客席から見ていると生徒の服装の乱れははっきり見えるので残念に感じることがある。
杉並学院は大きな服装の乱れはないけれど、高校生になったら正装を身にまとう意味を確認してほしい。高校生は存在そのものが輝いているので、きちっとした服装で人前に出て欲しい。乱れた服装のままではもったいない。せっかく素敵な活動を披露しているのに。
高校生も制服、特に上着を着用しているととても素敵です。真夏でも上着を着て欲しい。正装は人に対する礼儀です。クールビズもウォームビズも関係ない。
高いものでなくてもきちっとした服装を着る人は「良い人」に見られる。「良い人」は人を助け、人に助けられます。これは断言できる。

Tシャツ・短パン・サンダルで歩く人を助けたいと思う人はいない。ニュージーランド人のことを言っているわけではない。ニュージーランド人はTシャツ・短パン・裸足だから靴は履かない。どこへでも裸足で出掛ける。それを在留邦人は「ニュージーランドらしい」と言う。何がニュージーランドらしいのか意味がわからない。オーストラリアだってフィジーだって裸足で歩く成人は多い。
2015年5月に私がニュージーランド大使館へ招かれたとき、在留邦人の留学エージェントたちはTシャツと短パンでやって来た。「これがニュージーランド流だから」と言わんばかりの服装である。おまえらはニュージーランド人じゃねーだろ。在留邦人は日本人でも外国人でもない中途半端な人たち。付き合う価値はない。
背広を着ないニュージーランド人が背広を着て来る中で短パンでやって来る在留邦人は理解できない。人に対する礼儀の欠片すらない非常識な態度である。
日本の高校生は在留邦人ではないので、人前ではきちっとした正装で登場して欲しい。

午後6時前にパル商店街入口へ移動。駅前広場での点灯式後はこちらの点灯式に移る。問題はここで起きた。
ファンファーレ→イルミネーション点灯→演奏と進んだ。ここで小さな紙コップにスパークリングワインが振舞われた。
ここは道路を封鎖していないので車・自転車・オートバイが高校生奏者の前を通る。これ、問題あるよ。危ない。
駅前なのでガラの悪い連中も多い。向かいには風俗店と飲み屋がある。私が嫌いな高円寺の一面である。
自転車に乗った男が突っ込んで来たので「そこは通れない」と言ったら「通るつもりないんで」と返答。
何だその口のきき方は? おまえは友達か? 私のタメか?
自転車男は確実に高校生の前を横切るつもりでいた。そうでないとあの狭いパル商店街入口に自転車で乗り入れるわけない。周囲には百名以上の聴衆が群がっている。
しかし私に注意されたので捨て台詞のように反論口撃をしてきた。通らないなら「通りません。演奏を聴いているだけです。」でいいじゃないか。
どうして素直に落ち度を認めず、なんとか言い逃れようとするのだろう。パル商店街入口は封鎖されておらず、あの狭い入口にたくさんの聴衆と演奏者がごった返す中、自転車で乗り入れる人には大きな責任が生じる。
10日以上前から立て看板が設置され点灯式が行われることは事前告知されていた。人通りの多い場所で自転車を押して歩くことは利用者義務である。注意を受けたら素直に聞き入れればいいだけ。あの場では100%自転車男が悪い。なぜ捨て台詞のような反論をするのだろう。
高円寺の民度の低さはここに現れる。高円寺には最低ランクの人間しかいない。
では、自転車男は演奏を聴いていたかと言えば、すぐにその場を立ち去った。初めから演奏なんか聴く気すらないんだよ。あいつは。
高校生にぶつからなくてよかった。私が注意をしていなかったら確実に衝突していた。私は嫌われてもいい。高校生のためなら何でもやるよ。
高円寺パル商店街振興組合には猛省を促したい。このイベントの企画はパル商店街にあり、その責任はパル商店街にある。高校生が怪我をしていたらパル商店街はどう責任をとるのか。

高円寺駅周辺は私の鬼門である。過去には知らない男に殴られそうになったこともある。相手が刃物を持っていたら私は確実に死んでいた。
駅周辺にいる人間はどーしよーもなく民度が低く、低スペックな人間しかいないので滅多に行かないけれど、それでも高校生の演奏には毎回感動するので、どこか別の場所でやって欲しい。もうパル前でやるのは止めよう。あそこは危険すぎる。民度も低い。ガラも悪い、風俗店もあるし汚い連中しかいない。私が行かなければ済む問題ではない。
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日大二高『銀杏祭』へ行ってみた [行ってみた]

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日大二高の文化祭へ行く予定はなかったけれど「日大二高 文化祭」で検索して来る人が毎日いる。2014年(平成26年)まで九月中旬に開催されていた二高の文化祭なので卒業生が検索した結果だと思われる。2015年から11月開催になりました。
しかし、これは私への任務に感じ!日大二高へ行ってみたのだ。私って良い人だな。
この任務最大の目的は「POP」でパンを買うことである。

私の家から日大二高まで直線距離で3km、直線では行けないので迂回すると4kmくらい。阿佐ケ谷駅北口から旧中杉通りの商和会、松山通り校友会と親交会を通り、日大二高通りへ出るか、その辺りのゴチャゴチャした住宅地を適当に走ると日大二高へ到着する。自転車で行くと20分くらい。丁度良いサイクリングコースである。

今回最大の目的である「POP」へ昼前に到着した。今日はやってたぜPOP。六月の運動会へ行ったときは早すぎて開店前、二週間前に通ったときにはパンが売り切れで買えなかったのだ。
店の前に自転車を停め500円玉をにぎりしめ店内へ突入。オードリーが訪問するときに出迎えてくれる店主のポップニーがいた。春日が「人からもらって食べた味」と言っていたソーセージパンと、クリームチーズパンを買ってみた。パン屋さんの裏にある小さな公園で食べた。この公園前にオードリー御用達の「西島畜産」がある。ソーセージパンはやや小さめ。味はフツー。町のパン屋のフツーの惣菜パンだった。中身のソーセージは西島畜産で買うのでしょうか。クリームチーズパンは美味い。これはレベルが高い。外側のクッキー生地の甘いパンと中に入っているクリームチーズがよくあう。180円くらいの荻窪価格だったけれど六本木なら280円の値段がつく。POPで買うならクリームチーズパンです。

さて、この任務最大の目的はパン2つで終わった。もう帰っていい。
でもせっかくなので校内へ入ってみた。

正門入口で二高生が元気に挨拶をしてくれる。「銀杏祭」のプログラムをいただき、スリッパの入った袋を貸してもらう(帰るときに返します)。さすが東京の私学。おもてなし精神が高い。上履き持参と記載があればMY上履きを持参したのに。挨拶もしっかりできて素敵です。

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「銀杏祭」は「イチョウマツリ」「イチョウサイ」「ギンナンサイ」「ギンナンマツリ」のどれかと思うけれど、どれなのかわからない。東大附属は「ギンナンサイ」の名称を採用している。二高はどの名称なのだろう。

春日が「我々の寄附金で建てられた校舎」と言っていた高等部の校舎は「本館校舎」と呼ぶようで、ここはオードリー母校訪問時に紹介されるので何となくわかる。一階に受付と校長室、二階に職員室があり、セコムが守っている。誰かに命を狙われているのだろうか。

ざっと見て回ったけれどクラス展示は何をやっているのかよくわからず、生徒がごった返しているので静かに通過。高校の文化祭は内輪で楽しめばよい。校内に模試の案内や業者テストの申込書がたくさん用意されている。東京の私学にはこのようなものが用意されているのか。
外国人の漫画・アニメフリークはこの光景に憧れる人が多い。海外の学校には文化祭がない。クラス展示も生徒作品の展示も出店も演劇会も演奏会も何もない。学校は単位取得のためだけに通う場所と割り切っているので生徒より早く帰ってしまう教師も多い。文化祭は学校の一大行事であり、一年を掛け準備をする。プログラム2ページ目に掲載されている井上登・高等学校長の「伝統その先に」という挨拶文には『文化部にとっては、1年間それ以上の時間をかけた発表』『未来を感じられるような発表を期待します』 とある。学校における文化祭の役割は非常の大きいのである。
企画内容も充実しており、学校法人としては新入生を獲得する機会であり、卒業生にとっては母校へ戻る機会である。文化祭は単なる学校行事ではなく人間交流の場なのである。
この光景が漫画とアニメで描かれるため、どうにかして文化祭へ参加したい外国人は限られた私の周りだけでもかなりの数がいる。外国の学校も文化祭を充実させたらいいのに。

新築された中学校舎(旧男子高等部校舎跡地)前で生徒のお母さんたちが菓子パンを売っていた。コンビニで売っている普通の菓子パン。購買部から持ってきた菓子パンを売っていたのだろうか。模擬店で食品を扱うときは食中毒防止のため、保健所へ届出と検便を行う必要があり、この手間が掛かる。食品の扱いは非常に手間の掛かることである。O157に感染したらヤヴァイからね。

中学校舎へ入ってみたけれど、こちらも何をやっているのかわからず。記念ホールでは既に演劇会が始まっており中には入れず。
一階に校舎建替前の建築模型が置いてあった。私の記憶にある二高はこの模型の通りである。正門右に男子部校舎、南門右に女子部校舎が設置されていた。この女子部は、同じ天沼一丁目にあった旧敷島女学校を吸収合併したため、同一学校法人の下で2つの学校を運営したのである。そのため、同じ敷地に2つの学校があるのに接点はなく、校風も校則も制服も異なる。男女別学の学校はこの形が多い。オードリーの若林が「俺と春日は男子校育ち」「女子との接点がまったくない」「女子に対する免疫がない」「POPは女子と接する唯一の場所」と答える背景はここにある。おなじ日大二高でも共学化の前と後ではまったく異なる学校になっている。

教科教室棟と呼ばれる建物があり、普段は何に使われる建物かこちらも不明。プログラムに記載がある通り敷地内はかなり広い。プールもあるけれど盗撮防止のためプールの位置は外からわからないようにしてある。

文芸部の展示では高校の文芸部らしい発表内容だった。部誌を売っていたので買ってもよかったけれど、値段がいくらかわからなかったので買わずに出る。

中校庭ステージで吹奏楽部とチアダンス部の演奏と演技があるので待機。小さな男の子とお母さんの隣に座った。在校生の母と弟だろうか。小さな観客なのにマナーが良い。
ステージサイズの都合で吹奏楽部は14名編成での演奏となったけれど良い演奏をしたと思います。マイクが上手く入らなかったのは残念。真っ黒なステージ衣装が素敵でした。大人のコーチ奏者が参加していたので卒業生なのだろうか。

チアダンス部"ARCHERS"もステージサイズの都合でアクロバティックな演技はできず、ミニサイズでの演技披露となった。日本一を目指し練習しているチアダンス部なのでレベルが高い。見ていて楽しい。
ダンス系部活はどの学校も統制が取れており、体育会系らしく大きな声で挨拶ができる高校生らしい活動だと思う。聴いて楽しいのは吹奏学部だけれど、自分がやるならダンス部かな。吹奏学部は玄人向けで大人にならないとあの渋さはわからない。音楽で「渋さ」を表現することは難しいけれど、とても大切なことです。音楽は「間」と「渋さ」からできているからです。

この日は天気がよく気温も高かったけれど前日のような真冬の寒さで雨だったら屋外ステージはどうなったのだろう。11月の文化祭で屋外ステージはちょっと厳しいかもしれない。

「宇宙一ダサい」と言われる二高の制服を見たけれど、ライトブラウンのブレザージャケットと、チャコールグレーのパンツまたはスカートは悪くない。しかしこの2つが合体すると宇宙一ダサい制服になってしまうのは何故だろう。
ライトブラウンのブレザーは色を濃くし制服全体に締まりを持たせたほうがよい。色が濃くなるとシャープな印象になる。女子は白いソックスを止め黒のハイソックスへ、冬は黒のストッキングに合わせた方がよい。これだけでもシャープな印象になる。男子も黒のソックスを採用すればおなじ効果が期待できる。グレーのソックスを履くのは中学生だろうか。グレーは締まりのないぼんやりとした色なのであの色の使い方はフレッシュな中高生には向かない。
デザイン変更はしなくても、色のコントラスト調整を行うだけで「宇宙一ダサい」から「地球一ダサい」へ昇格できるはず。がんばれ二高。
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阿佐谷~日大二高~方南町 [行ってみた]

「阿佐谷ジャズストリート2016」へ行ってみた。杉並学院高等学校吹奏楽部の演奏へ向かう。
アサガヤは「阿佐ヶ谷」なのか「阿佐谷」なのか、いまだ不明。

早く到着したため、阿佐谷図書館(こちらは「阿佐谷」)へ行き「文學界」のバックナンバーを読んでいたら遅れた。
阿佐谷図書館へ行く間に通る旧中杉通り「松山通り校友会」は雰囲気が良い。流れる空気感がとても良い。やはり私のパワースポットは阿佐ヶ谷ではなく、あの通りだと思う。

阿佐ヶ谷駅南口噴水広場(こちらは「阿佐ヶ谷」)で凄く上手な英語で歌っている人がいたので驚いたら横田基地所属のアメリカ空軍だった。阿佐ヶ谷にアメリカ軍が来るのはこのときくらいだろう。
日本人にはアメリカ英語がしっくりくる。文法解釈も素直にできる。過去分詞を多様し、定冠詞・不定冠詞と名詞の複数形が慣例に依存するイギリス英語は日本人に向かない。私がイギリス系の人と話すときはイギリス英語になるけれど、それ以外はアメリカ英語である。論文もすべてアメリカ英語で書いている。それで何の問題もない。イギリス系の人にアメリカ英語でやると通じないときがあるのでちょっと面倒だけれど、そもそもイギリス系の人がほとんどいないのでこちらも問題にならない。

今週は三日も阿佐ヶ谷にいたので久しぶり感がない。唯一の違いは明るい時間帯に来る事がないので中高生を多く見かけること。寒いのでブレザーを着ている生徒が多い。きちっと上着を着る生徒は偏差値が20くらい上に見える。何でも軽装化、簡素化するばかりがいいわけじゃない。服装、特に正装は重要である。なぜなら、人は見た目が九割だからである。

杉並学院は何度行っても綺麗な校舎である。よく清掃がされている。国立校のあとに私立校へ行くとひっくり返ります。
校舎入口で吹部の生徒たちが恥ずかしそうに挨拶をしてくれた。挨拶は女子校の方が元気にしてくれます。がんばれ共学校(杉並学院は元・女子校です)。
200席くらいあるSGホールの8割くらいが埋まった。これも例年通り。無料演奏会でも校舎まで足を運ぶ人は多くない。小さなお客さんもいたけれど、騒がず、客層が良い。
昨年は配布された演目リストが今年は配られなかったので演奏曲は不明。オープニング曲はいつもの"Moonlight Serenade"、"Brazil"、"St.Thomas"、"Aquarius"、"the Sound of Music"、ディズニーの曲と例年通り5曲くらい演奏された。
アンコール曲は「ルパン三世」のテーマ曲。そのあと"Brazil"ともう1曲が演奏され50分に渡る大演奏会となった。大満足である。聴きに行ってよかった。
若い人の演奏は聴衆にも若さが伝わる一方で受け止めるだけのパワーも必要となる。杉並学院へ行った帰りはいつも疲れる。

阿佐谷ジャズストリート開催日は学校説明会と被るため入口でいつも迷う。コンサートへ来る客は右のSGホールへ、学校説明会参加者は左の体育館へ進む。カネにならない来場者を迎えてくれる杉並学院には感謝の気持ちしかない。演奏会は学校の宣伝には大きな役割を果たしている。
杉並学院は専用ホールを所有しているので音響設備が良い。他校の演奏会は体育館か音楽室、空き教室を使うため音響差が歴然としている。大迫力な演奏という意味では専用ホールの存在は大きい。卒業生の寄付金は学校の役に立ち生徒活動に貢献している。
偏差値の高い学校ほど組織運営がしっかりしており、企画の自由度が高い。生徒にやりきった満足感があり来場者にも伝わる。先輩の満足感は後輩へ伝わる。大きな感動は卒業生が学校へ戻る原動力になる。学校の善し悪しは卒業生の表情を見たほうが確実に伝わる。

演奏終了後、「文學界」の続きが読みたかったので図書館へ戻った。さすがに日大二高通り近くまで来るとジャズ奏者は見かけない。ジャズ祭となっているけれど幼稚園の庭で合唱をやっているグループがいたり何でもありだ。

図書館を出て日大二高まで行ってみた。6月に工事中だった正門入口は完成していた。「POP」が開いていたので入ろうかと思ったけれど食パンしか残っていなかったのでやめた。夕方の遅い時間になると菓子パンは売り切れ。
南門がある道はデコボコで酷い状態だったけれど綺麗に舗装されていた。あの通りは何であそこまで酷い道になったのだろう。通常の使用ではあそこまで酷くならない。歩いているだけでデコボコとわかる道は東京では珍しい。アスファルト舗装があそこまでデコボコになった理由を知りたい。戦車でも通ったのだろうか。

目暗の人が杖をつきながら思いっきり電柱に衝突していた。不便そうだから声をかけようかと思ったけれど、この人は何か理由があってそうしている感じがあったので止めた。同じ場所をグルグルと何周もまわっているので、何か理由があって電柱にぶつかっているようだ。阿佐ヶ谷にも高円寺に負けないくらい変人がいる。
身障者は安易に声をかけると「リハビリ中だから手助け不要」と言って怒り出すので注意が必要である。すべての身障者が不便を感じているわけではない。身障者差別については、身障者自身も考えないといけない部分が多々ある。

阿佐ヶ谷を離れ方南町の南中野ゴルフセンターへ行き打ちっぱなし。
ここは50ヤードくらいしかない古い施設だけれど、駐車場が無料で使える穴場練習場である。いつ行っても混んでいない。
飛距離が短いのでアイアンで普通に打てばホームランになる。ときどき恐ろしく下手なゴルファーがいるけれど、あそこまで下手でゴルフをやって楽しいのかと疑問に感じる。ゴルフ人口が増えない理由は下手すぎるゴルファーが多いから。雨の日にカッパを被りゴルフをするのは日本人と韓国人だけです。日本には不思議なゴルファーがたくさんいる。
日が暮れると寒いので50球打って静かに帰宅。ひさしぶりに運動をしたので気分がよい。
ゴルフ練習場の坂を上り方南町駅近くにある「丸栄ベーカリー」へ行こうと思ったけれど「POP」のパンも売り切れだったので人気商品は完売と推測し止めた。
丸栄ベーカリーは『ハチミツとクローバー』に出てくるあのパン屋である。実在する店舗なのだ。『ハチクロ』の中では大学近くにあるとなっているけれど、実際のパン屋は駅前の細い路地を入った左側にある。作者が実際に通っていたパン屋である。『ハチクロ』ファンが今でも聖地巡礼する有名パン店である。よく喋る優しいオバちゃんと、朝から晩までよく働くオジちゃんが二人で経営する小さなパン屋です。
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ニュージーランド留学フェアへ行ってみた [行ってみた]

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会場でいただいたクッキータイム

22年ぶりの再会

硬くて美味しくないから食べない


私がアンチ・ニュージーランドならこの催しに480円も電車代を支払い行くことはない。
私が批判しているのは在留邦人であり、何でもニュージーランドを絶賛するローカライズされた在留邦人の人間的人格である。

この催しにある人がやって来るという連絡を受けたので行ってみた。
予想通りつまらない。
ウェブサイトに載っている情報を紹介するだけで新鮮味がない。来場者が欲しがる情報は具体的にどのくらいのお金が掛かるのか、卒業後の進路と就職、現地に残ったあとの生活についてが大部分を占める。これらの疑問に関する回答はひとつもない。
このご時世、支出に対する見返りが期待できなければ始める人はいない。ニュージーランド留学フェアは誰を対象とした催しなのだろう。日本人富裕層の1%を対象としているのだろうか。いまの日本は10年前とくらべ明らかに貧乏になっている。1%の日本人富裕層がニュージーランドを留学先に選ぶわけない。
4時間の開催時間で600人くらい来場したのではないだろうか。大学の国際課が宣伝をしたので大学生や成人の来場が多かった。

来日したニュージーランド人女性はデブばかりで驚いた。どうしたらあそこまで太れるのか理解できない。ニュージーランドに美味しい物はないのに、何を食べると太れるのだろう。私がニュージーランドにいた初年度は体重が落ちすぎて、健康診断で栄養失調気味と言われた。
オークランド・グラマー・スクールのリクルーターくらいしか痩せている女性がいなかった。痩せているというか、この女性でも標準体型である。ニュージーランド人、デブすぎる。私がニュージーランドにいたころよりデブ化している。ニュージーランド人の52%は心臓疾患で死んでいるけれど、国がデブ化防止策を講じないとヤヴァイ。特に女性のデブ化防止。ニュージーランド人男性の方がスリムな人が多かった。
在留邦人は例外なく「これがニュージーランド流だから」と威張って言うけれど、これはニュージーランド流ではない。太りすぎで死ぬ。在住歴の長い邦人も太った人が多くローカライズ化の弊害である。在留邦人も痩せるべき。在留邦人はあらゆる手段も用いて逃げ道を探す詐欺師である。在留邦人は頭の狂った人しかいない。

ニュージーランド人女性を見た後で日本人学生を見ると、こちらはガリガリすぎるくらい痩せている。日本人学生はもっと太ったほうがいい。特に東京の女子高生・女子大生は太ることに拒絶反応を示すため、ニュージーランド人女性の三分の一も体重はないだろう。

カンタベリー大学のリクルーターは日本語を話していた。あの超保守的なカンタベリー大学が日本語の話せるリクルーターを雇うとなれば、よほど経営状態が悪いことがわかる。カンタベリー大学はあの超保守的な学内体質を改善しないと誰を雇っても上手くいきません。
もう一つの超保守大学であるオークランド大学はリクルーターすら派遣していない。さすが保守の中の保守、保守の王様。こちらは150万人都市にある大学だから超保守主義体質は変える必要がないのだろうか。今後もオークランド大学の超保守的体質が変わることはない。オークランド大学へ進学してはいけない。
オークランド・グラマー・スクールやオタゴ・ガールズ・ハイのような有名校でもリクルーターを派遣し高額な学費を支払ってくれる留学生を探している。学校の評価を高めてくれる優秀な学生を獲得したいという理由ならともかく、お金を落としてくれるなら誰でもいいという姿勢は理解しがたい。ニュージーランド、大丈夫か?国の再建は自国民で行うことが原則です。困ったときの外国人頼みが上手くいかないことは1980年代の財政改革でわかったことじゃない。

いくつかプレゼンテーションもあったけれど、どの企画も通訳が下手すぎる。あの程度の通訳で報酬がもらえるのなら私もやろうかな。名のある通訳学校を卒業したとは思えない。NZ流のチャラい学校の卒業生なのだろうか。
しかも企画内容がつまらない。どうしてウェブサイトに載っているようなことを、わざわざ口頭発表するのだろう。この規模の催しなら来場者は予備知識を持ち来場するのでそれ以上の情報を期待している。実際の質問もより具体的な内容が多かった。アフリカの学校が来日し説明会をやるのとは違う。
日本人職員もいるのなら、日本人が欲しがる情報を提供すればいいのに。採用した日本人職員を含め、レベルが低すぎる。東京でやる催しではない。

より具体的な説明は移住・留学ブローカーの説明会へ行くと話してもらえるけれど、そんな低スペックな話を聞くために45分一万円と交通費を支払い嘘つきエージェントのところへヘコヘコ通う必要はない。移住・留学ブローカーの手数料(コンサルティング料)は60~100万円が基準なので、そんな高額な手数料を支払う必要はない。ブローカーはコンサルティング料を提示しない。それは相手の袖を見て手数料を決めるから。どこの移住・留学ブローカーも手数料を明確提示しないのはそのため。
カネは取れるだけ取ったら逃げていく、これが日本人エージェントの本当の姿だ。

真面目な来場者よりも、英語を話したい元留学生が多い。どーでもいい話を長々としているので蹴り飛ばしたくなった。
Education New Zealand(ENZ) の日本人職員も説明内容より英語を話すことを優先している。日本人職員でニュージーランドへ行ったことのある人っているのかな。説明手法も酷すぎる。私だったら絶対に採用しないようなポンコツ人材しかいない。
どうして事前勉強会で想定されるような質問と模範解答を準備し情報共有をしないのだろう。初開催ではないので過去の事例から想定される質問内容はわかるはず。入社面接では誰もが予習をしてくるのに採用されたら勉強をしなくなるのは日本人の悪い癖。ニュージーランド人は最初から勉強をして来ないのだから「知らない」「わからない」を連発する。実際に私が接した数人も知識不足が目立った。それを補完するのがENZの職務ではないだろうか。あので給与が出るのか。私もENZに転職しようかな(しないけど)。

日本では余程の特殊環境でないかぎり英語を話す機会はない。しかも英語を話せたところで給与が増えるわけでもない。
通訳者の給与はいくらかご存知だろうか。あれ?ゼロがひとつ足りません、いやいや、これがあなたの給与です、という給与額である。配偶者が高給取りでなければ通訳や翻訳で食っていくことは無理。真面目にファミリーマートでバイトしたほうが収入は多い。

「ニュージーランド留学フェア」でも通訳アルバイトを募集していた。12時から17時までの5時間勤務で日当10,000円、時給2,000円。他方、一般アルバイトは9時から19時までの勤務で12,000円、時給1,200円。どちらの業務も日雇いで1日拘束され交通費込なので、私なら一般バイトを選ぶ。外国語を使う仕事は良さそうだけれど良くない。
英語を使った仕事をしたい人は仕事を得る前に高給取りな配偶者を見つけてください。自活はできません。

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Otago Girls' High の制服を着た人形

ちょっと怖い

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東大附属『銀杏祭』へ行ってみた [行ってみた]

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東京大学教育学部附属中等教育学校(東大附属)の文化祭『銀杏祭』へ招かれていないので、かってに行ってきました。
目当ては管弦楽部の演奏。それ以外はわからない。

国立校はホスピタリティ精神に乏しく、オンライン上に文化祭情報を出さない。唯一出てきた情報は日程と麻疹に関する注意だけ。生徒の間で麻疹が流行しているのだ。

ネット情報を徘徊し管弦楽部の演奏会は午後1時と情報入手したので、雨の中、新車で出掛ける。やはり車のある生活は楽だけれど、私の生活はどこからどの角度で見ても車は必要ない。車は所有しているだけでカネが掛かる道楽の乗り物である。

東大附属には行ったことがあるので場所はわかるけれど、駐車場が見つからず、演奏開始に遅れた。
正門前には来場者を出迎える教員も生徒もいない。誰もいないので挨拶なし。
正門を入ったところで向かい側から男の人が歩いて来て挨拶をされた。私を知る人はいないので学校の先生だと思う。教員に挨拶をされたのはこのときだけ。
昇降口で生徒が黙々とスリッパとビニール袋を配っていた。ここでも挨拶なし。国立校には私立校に見られる「おもてなしの心」がないのだろうか。義務と義理でやっている文化祭に感じる。

中等教育機関で管弦楽部を組織できる学校は少ない。予算が限られ卒業生からの寄附金が少ない国立校ではなおさらのこと。東大附属はよくやっている学校だと思う。
演奏会場は体育館ではなく2階にある教室。パイプ椅子を並べただけの簡素な座席は200くらい。8割くらい埋まっていた。生徒の弟や妹が来場しているのか、小さなお客さんが騒ぎながらの演奏会となった。演奏中でも人が入って来る。私学では見られない光景である。
管弦楽部はメンバーが多くパートごとの編成が良い。オーディションでパートごとの人数調整をしているのだろうか。顧問の先生が5名とこちらも多い。
演奏は8曲+アンコール1曲。途中参加なので4曲しか聴けなかった。指揮も生徒が担当。
中高生の演奏なので下手ではないけれど上手くもない。そこが良い。中高生の演奏で上手かったら私は聴きに行かない。よく練習をしたと思う。
吹奏楽と異なり弦楽器が入ると音に厚みが増す。バイオリンが19名、ヴィオラが9名と国立校のオーケストラとしてはよく編成されていた。これだけメンバーがいれば上出来です。チェロ5名とコントラバス4名の低音パートもよかった。
やはりオーケストラの音色を決めるのはオーボエだと痛感しました。オーボエはオーケストラの裏方です。水を運ぶ人。水を運ぶ人は地味で目立たない存在だけれど水を運ぶ人がいないと組織は機能しない。
遅れて行ったけれど40分くらい聴けたので満足。

他の催しはどこで何をやっているのか不明。模擬店や物品販売を行わないので地味。国立校の校舎らしく華美でない。病院みたい。

体育館で何かをやっていたようだけれど、不明なので来館せず。運動場を見ている親子がいたので私も一緒に見ることにした。

東大附属は都内で最も広い運動場を所有している。サッカー場はフルコート使用可能。運動場の一部は中野区の防災公園になってしまったけれど、それでも都内で最も広い運動場を持つ学校である。しかし、夜間照明がないため夕方以降の活動ができない。ここは残念な部分。

後期課程(高校)は制服がない学校なので、誰が生徒なのか、来場者なのか、先生なのかわからない。女の子は標準服にプリーツスカートを合わせる生徒が多く、可愛い子は何を着ても可愛い。これは世界共通です。

日能研のサイトに上履きを持って来いと書かれていたので上履き持参。それと靴を入れる袋。私の上履きがこんなところで活躍するとは想像をしていなかった。受験生とその親は受験前年には必ず上履きを購入すべきです。国公立校の説明会は例外なく上履き持参です。でもやはり、私立校のように土足で入れる学内環境のほうが来校者にはありがたい。靴を入れた袋を持ち歩くのが面倒。

東大附属は研究校なので全学年発表が企画されている。 総合学習研究(1・2年生)、宿泊研修研究(場所:能登・3年生)、課題別学習研究(3・4年生)、宿泊研修研究(場所:長崎・5年生)。世界的に有名な「双生児研究」は生徒たちの研究課題ではないため文化祭での発表はない。

6年生(高校3年生)の卒業研究論文は1万6千字に渡る校内発表の集大成である。
教室で2名の口頭発表を聞いた。1人はクラシックバレエのトレーニング方法が野球に応用できる研究、もう1人は学生スポーツ引退後のセカンドキャリアについての研究。どちらの発表も上手かった。口頭発表は場数を踏まないと上手くならないのでよく練習したと思います。
会場でいただいた「66回卒業研究」という栞に全ての論文タイトルが掲載されている。女子生徒は自分や自分と近い人・物・時間・空間と関連あるテーマを選ぶ傾向が強くタイトルも可愛い。女子は自分の人生にとって重要な実在的テーマを選ぶ傾向が強い。男子は自分から離れた社会的研究をテーマに選ぶ傾向が強くタイトルも硬い。どちらも正しい選択だと思う。
出来上がった論文は製本されたものから、バインダーに綴じただけの簡素なものまでさまざま。東大附属ではこの卒業研究論文を提出しないと卒業できない。この論文作成に一年半という膨大な時間を費やし、青春期の大部分を捧げたとなれば生涯の財産となる・・・か?
 
論文タイトルをよく読むと「- なぜ私はこんなにうるさいのか -」という論文を仕上げえた生徒がおり、この論文は読んでみたかった。教室で気がつかず残念。論文としての価値は低そうだけれど着想が良い。タイトルも良い。文章は書く癖がつけば上達するので着想に内容が伴うときが来ればこの論文は必ず輝く。タイトルは重要で他の人の関心を引くタイトルを選ぶことは論文の内容と同じくらい大切です。論文はただ書けばいいものではない。誰に影響を与える物かを考えて書かなくてはいけない。
論文執筆は知力・体力・表現力に構成力、ときどきは運を味方につけ、文章で勝たなくてはいけない。どれだけ読者の関心を奪うか、自分の価値を高めるか、説得力あるタイトルと内容で勝負しなくては勝てない。

一年半の時間を費やし1万6千字を執筆した6年生と、その指導を担当した教員に心より拍手を送りたい。
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佼成学園『渦潮祭』へ行ってみた [行ってみた]

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佼成学園中学校・高等学校の文化祭「渦潮祭」へ行ってみた。
駐輪場はないと予想し家から歩いて行ったら30分も掛かった。大誤算。渋谷駅と阿佐ヶ谷駅の間を走る「渋66」の都バスに乗れば5分も掛からず到着するけれどこの距離に210円は出せない。
しかも学校には来場者用駐輪場があった。大誤算の連続。

初めて男子校へ潜入。正門前で生徒が元気に挨拶をしてプログラムを渡してくれる。男子校なのでチケット不要。受付で記帳もない。
男ばかりで女っ気が一切無い。工学部の校舎みたい。機能的だけれど華美がなさすぎる。生徒なのか先生なのかわからない人が多い。クラスの出し物を終えた生徒は上半身裸で着替えをしており、何かを隠す感性がない。潔い。

校内を歩くと生徒も先生もよく挨拶をしてくれる。発表では解説もしてくれる。どの生徒も礼儀正しくコミュニケーション力が高い。男子校、想像以上に素敵な環境。
女子校と異なり不審者が侵入しないので来場者の質が高い。生徒の親・兄弟と、受験生親子しかいない。モグリは私1人だけと思われる。

保護者会主催のバザーと中古学生服の販売を見て回る。ボタンのない旧海軍型制服を採用する学校なので、すっきりしたデザインに紺色の清潔感も加わり、男子の学生服としては完璧だと思う。
生徒は夏服のため詰襟は着用していなかったけれど、学ラン着用時は、伊集院忍にトキめく「はいからさん」の気分を味わえるかもしれない。

杉並区大宮にある私立・高千穂学園には付属校(旧制・高千穂高等商業学校)があった。戦前は東京を代表する有名な進学校であったが、戦後の財政難でなくなってしまった。この付属校も海軍型制服を採用したことから、何かしらの事情で、高千穂学園から佼成学園へ付属校が移譲されたと私は考えている。戦前も戦後も学校運営は困難を極め、多くの学校は廃校となり、生き残った学校は少ない。旧制高千穂が新制佼成学園になっても不思議はない。しかし、この辺りの事情を決定づける詳細な資料が見つかず、私の空想でしかない。

教員と卒業生が校内各所で談笑している。男子校なので教員も男子校出身者が多いはず。男子校には特有の校風が存在するため、教員にも卒業生にも居心地良い空間になっている。佼成学園の卒業生が教員やチューターとなり母校へ戻って来る。私立校らしい素晴らしい伝統だと思う。

生徒と先生が一緒にゴミ拾いをしており校内が綺麗。全国にわずか2.6%しか存在していない貴重な男子校である。

校内掲示板を見ると成績上位者の点数と偏差値が公表され、誰が何点取ったかわかる。私が通っていた学校と同じ仕組み。人権問題がうるさく言われる中でも競争意識を高めることは必要である。特に男子は闘い続けないと男性ホルモンの分泌が減少し鬱病になる。ニュージーランドの若年層に鬱病患者が多く、十代の自殺率が世界最高水準に達する理由は競争がないから。平和で食うに困らない国は病んでいるのである。
私は未成年に人権はないと思っているのでスパルタ教育は認めている。体罰はいけないけれど、ティーンのときに規範意識を叩き込まれないと大人になってから在留邦人のような糸の切れた凧になってしまう。教育を受けるとは、規範意識を学ぶこと。糸の切れた凧になってはいけない。

サイエンス部は学会のポスター展示のように各自の研究発表をしてるところがよかった。理系出身の先生は学会発表経験があるため発表形式を知っている。調べて、書いて、発表して、講評を得る。ここまでやって研究です。発想が中高生らしく柔らかい。「絶滅 第九号」という研究レポート集をいただいたので全てに目を通す。昆虫の研究が多く、なぜ、男子は虫が好きなんだ。

鉄道研究部がジオラマ展示とプラレールを走らせ、現役のキッズたちと、昔キッズだった大人たちに大人気。男子校らしい部活ではないか。タモリ倶楽部みたいな活動をしているのなら私も入りたい。

吹奏楽部は音楽室で演奏披露。座席が少なく狭くて立ち見となったけれど迫力ある演奏を披露してくれた。力強さに表現力もあり素敵なボーイズバンドだと思う。
演出とMCがよかった。男子の仕切りは上手い。パンフレットも簡素ながらよくまとめられている。部員紹介のコメントも中高生らしくて良い。磯部に自転車を壊された福井はかわいそう ^0^)

色々な学校の部活動を見ていると学校ごとにカラーがある。部活名は同じでも中身がまったく異なる。受験生は偏差値と、自分のカラーに合う学校を選ばなくてはいけない。中高生で帰宅部に入ってしまうと、中等教育課程のほとんどを無駄に過ごしてしまう。苦い人間関係を学ぶのも中高生活には必要である。

満足度の高い文化祭訪問であった。どの学校も正門の外側と内側では異なる世界が広がっている。これは実際に足を運ばないとわからない世界である。

帰り道で「宿32」の京王バスが大きな水溜りを跳ね、全身がずぶ濡れになった。漫画みたいなことが起きるものだ。
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日大二高運動会へ行ってみた [行ってみた]

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杉並区天沼一丁目にある「日本大学第二高等学校」運動会へ行ってみた。正式には「体育大会」と呼ぶらしい。「運動会」も「体育祭」も「体育大会」も中身は同じです。
午前九時に構内潜入に成功した。南側正門前の守衛さんに「運動会を見に来たので入れてください」と言ったら快く入れてくれた。やったぜ。
東京の私立校は防犯意識が非常に高く学外者は入れない仕組みになっている。警備員が構内を巡回し、防犯カメラが侵入者を監視する。私学としては当然の防犯対策です。運動会も文化祭も学外者は構内に入れない。学外者も自由に入れる私立校は稀な存在です。
私立校の多くは室内競技場を借りて運動会を行うため学内グラウンドで競技を行う学校は減りつつある。特に住宅地に所在する学校で運動会をやると近隣住民が怒る。室内競技場なら雨でも開催できるので学校行事に穴が開かない。予備日を設ける必要がなく、梅雨の学校行事も確実に遂行できる。これは公立校にはできない私学有利な部分。室内競技場の利用は学校にとってもメリットが多いのだ。この時期の代々木第一体育館や東京体育館、横浜アリーナ、さいたまスーパーアリーナは、ほぼ私立校の運動会で埋まっている。

オードリーのアメフト部の顧問であった井上登校長の開会挨拶を聞いた。オードリーが母校訪問時に必ず出てくる先生である。オードリーの同級生である宇田川豪大先生(国語科)もいた。
高等部は1,240人(中等部は718人)の生徒がいるので東京の私立校では平均的な人数。他校の学校行事を見るのは楽しい。この日は高等部の運動会で中学生は参加していない。中等部の運動会は十月に開催するみたい。中学生は休みなのでしょうか。わかりません。
高三生はこれで学校行事を終え、受験生活へ入る。レベルの高い学校を見るのは楽しい。私の知っている日大二高はもっと偏差値の低い学校だったけれど。

競技は赤組が勝っているのか白組が負けているのかわからず、せっかく来賓用プログラムが用意されているのだから、簡単な競技説明を記載したらいいのに。在校生は仕組みがわかっているけれど、来賓は、特に私のようなモグリは、競技内容がわからないので説明が欲しいところだ。教員がマイクを使い説明してもいいけれど、反響音が激しく音が飛んでしまいよく聞こえない。プログラムに簡単な競技説明が添えられると来賓は嬉しいと思います。

銀杏並木の東側駐輪場部分に来賓席が設けられたのは良かった。来賓の多くが「ここ、涼しいね」と言っていたけれど、本当に涼しかった。在校生は直射日光をモロに受ける西側スタンドに陣取るのでここは厳しい環境だろう。ほとんど木陰がない。
進行は体育科教師が淡々と進めよかった。公立校だと生徒の動きが遅く、教師が説教を始めるので、遅延が発生する。二高生は動きも良く、男女共に生徒がよく手伝うので遅延が生じない。教師からの指示を待たなくても自主的に動く。中高一貫校なので生徒も段取りが掴め、準備も片付けもスムーズに行われた。日本の高校へ通わなかった私には新鮮な光景の連続です。

おなじことをNZの学校でやったらどうだろう。まず、生徒が教員を手伝うという発想がない。NZの子が親を手伝うのは小遣いをもらうときだけ。これは学校でも同じ。金銭的利益が生じないときは動かない。生徒は座っているだけ。教員も手伝えとは言わない。教員は給与を受け取る側ですからね。準備も片付けも教員がすべてを行う。教員も不慣れなので慢性的遅延が発生する。ブチ切れもないけれど "stop and go" が続き予定通りに進まない。ただ、生徒数が少ないので予定通りに進まなくても予定時間を大幅に超えることもない。良いのか悪いのかわからない仕組みだ。
NZの運動会は陸上記録会であり、参加したい種目に自分でエントリーする事前登録制。競技に参加しない生徒は自習室で勉強してもいい。終わった生徒からどんどん帰る。自由と言えば聞こえがいいけれど、個人主義な環境なわけです。在留邦人の多くは自由と個人主義を勘違いしている。演技披露もブラバン演奏も部活対抗リレーもない(そもそも部活がない)。校長挨拶も準備運動も開閉会式もない。来賓への挨拶なんてモチロンない。日本的な運動会を想定して行くと驚きの連続です。
水泳大会もまったく同じです。NZ人は泳げない人が多いので参加者はもっと少ない。泳げる生徒はスイミング教室へ通う生徒です。プールを持つ学校はほとんどないので、プールは学外施設を借ります。
東洋人留学生は運動嫌いな生徒が大多数を占めるので、運動会も水泳大会も参加せず、座って見ているか途中で帰ってしまう。NZの学校行事は思い出に残ることが何もない。

午前中の運動会は十分ほど早く終了。この日は非常に暑く、十五分の休憩を入れても早く終わったようだ。モグリの私が見ても上手い進行だった。教員たちの表情が柔らかく大会進行が上手く行われたことがわかる。教員が学校生活を楽しんでいる学校は運営が上手く、在校生の満足度も高く中退率も低い。生徒の母校愛が強く、卒業生が母校へ帰ってくる。これはどの学校にも共通している。顔なじみの教員を見つけると挨拶に来る若い人がたくさんいたので卒業生だろう。学校の価値は卒業生の来校率です。何人が母校へ戻ってくるか。嫌いな学校へ戻る卒業生はいない。

私は午前十一時半で帰った。午前中の結果で赤組が三百点くらい差をつけ白組を圧勝した。競技内容も点数配分もわからず、この三百点にどれほどの差があったのか不明。やはり競技説明と点数配分はプログラムに書き加えたほうがいいよ。

オードリーが母校訪問時に必ず立ち寄るパン屋「POP」に行きたかったけれど、私が「POP」へ行った時は開店前で開いていなかった。クレジットカードは使えないと思い現金も用意したのに。校舎立替中のため、工事現場となっている北側正門はなるべく通らないよう通達が出ていた。そのため北側正門前にある「POP」に行けなかった。いつか「POP」でパンを買い食べてみたい。辺鄙な場所にあるので店が開いている時間に訪問することは難しく今だに実現していない。
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